三月 17

Real People: Chic in the ’80s

ディスコバンドChicがディスコ時代の終焉にどう取り組んだのかを探っていく

By Michaelangelo Matos

 

1979年12月15日付けの『Billboard』誌に掲載されたPaul GreinによるBernard EdwardsとNile Rodgersへのインタビュー記事の見出し「New Chic Game Plan: No Disco」(Chicの新計画:No Disco)は、当時のChicを見事に言い表している。作曲と編曲をコンビで担ってきたベーシストのEdwardsとギタリストのRodgersは、それまでの3年間に渡り、ディスコスタイルを打ち出してバンドを導いてきたが、Edwardsはこのインタビュー内で「これからはヘヴィーなバラード、ロック、R&Bへシフトしていく」と名言している。実際、彼らはこの頃すでにニューシングルの制作に入っており、Bette Middlerとのコラボレーションも進めていた。「白人のアーティストと組んで、黒人のプロデューサー、またはディスコミュージックのプロデューサーというイメージから離れようとした。そのイメージだと儲からないからね」Rodgersがこう説明し、Edwardsが次のように付け加えている。「世間はアーティストをひとつのカテゴリに括りたがる。僕たちをディスコバンドだと決めつけているのさ。だからディスコが死んでしまえば、当然それは僕たちにとっては問題になる」

 

「ディスコの死」は、長年に渡り議論が繰り返されてきたテーマだ。35年が経過した今、高速化したポップカルチャーの中に生きる私たちは、当時の流行のサイクルは今よりもずっと遅かったはずだと何の疑問もなく考えているが、数年のサイクルで自分たちを変えたChicには当てはまらない。Chicは全米ナンバーワンヒット「Good Times」(同等の成功を収めたアルバム『Risqué』からのシングルカット)のリリースからわずか4ヶ月でディスコを放棄した。当時は世間からのイメージを無視するのが最優先事項だった。というのも、この全米ナンバーワンヒットシングルは、あのシカゴのカミスキー・パークで行われた「Disco Demolition Night」からわずか1ヶ月後にリリースされていたからだ。このアンチ・ディスコ・キャンペーン「Disco Demolition Night」は、米国音楽業界がディスコと決別するきっかけとなった。とはいえ、「Flashdance」や「Thriller」など、この後の数年間で生まれたビッグヒットの大半はディスコサウンドだった。

 

 

事実、「Rapper’s Delight」(全米及び世界各国でナンバーワンを記録)からDavid Bowie、そしてMadonnaの80年代中頃のスマッシュヒットまで、その後のチャートを賑わせた楽曲の多くは、Chic Organization(RodgersとEdwardsのプロダクションチーム)が直接関わった副産物だ。しかし、1980年の段階でChic Organizationを取り巻く環境は色褪せていた − むしろ崩壊していた。この年、彼らは4枚のアルバム、Sheila & B. Devotionの『King of the World』、Sister Slegdeの『Love Somebody Today』、Chicの『Real People』、Diana Rossの『Diana』に携わったが、ヒットしたのは『Diana』だけで、しかもこのアルバムもリリースの段階でMotownによってリミックスされており、彼らの作品ではなくなっていた。EdwardsとRodgersのオリジナルミックスは2003年にリリースされた同アルバムのDeluxe Editionでようやく日の目を見たが、Motown側がこのリリースに難色を示したのも納得だ。このバージョンではアーティストとプロデューサーが大胆な方向転換を行っており、Diana Rossの歌声はハスキーで挑戦的で、楽器のソロが大胆にフィーチャーされており、その他の部分も異常とも思える攻撃性を示している。どちらかと言えば、MotownのバージョンのDianaの歌声はメトロノームのように正確でアレンジも無駄がなく、「Le Freak」の代わりにデモバージョン「Ahh, Fuck Off」のようなサウンドを提示しているChicのオリジナルアレンジよりもクラシックなChicサウンドに近い。

 

ディスコサウンドのChicは不真面目な時でさえも高次元を約束していたが、ポストディスコサウンドのChicはそのような約束をしなかった。彼らはそのコンセプト自体を馬鹿にしていた。

 

つまり、『Risqué』後にリリースされたこの4枚はChicの「荒野の時代」と言える。実際Rodgersもそう感じていたようで、本人は2011年に出版した自伝で次のように振り返っている。「Chicは足を踏み外し、反抗心を直接的に表現する手段として自分たちの音楽を使わないという自分たちで決めた約束を破ってしまった。でも上手くやれなかった。何故ならChicはそういうバンドじゃなかったからだ。僕たちは怒っていた。でも、結局それは関係なかった。Chicは商業的に終わっていたんだ」(Edwardsは1996年に肺炎で死去しており、ドラマーThompsonも2003年に癌でこの世を去っている)

 

Rodgersはヒットメイカーとしての自分に誇りを持っているが、それは当然の話だ。「Dance, Dance, Dance (Yowsah, Yowsah, Yowsah)」から「Get Lucky」に至るまで、彼ほど大量のポップレコードに名を連ねた人物の数は少ない。まさに彼でしか為し得ない栄光のキャリアと言えるが、彼はChicの80年代初期の作品群を自身のキャリアとして認めておらず、自分自身とファンに傷をつけている。しかし、前述の4枚のアルバムは「例外」ではなく、むしろChicを偉大なバンドにした大きな要因と言える。これらの作品群の内容は1970年代のバンドの作品群に匹敵するが、そこには決定的な違いがある。ディスコサウンドのChicは不真面目な時でさえも高次元を約束していたが、ポストディスコサウンドのChicはそのような約束をしなかった。前作越えというそのコンセプト自体を馬鹿にしていた。

 

 

ディスコからの離脱にあたり、彼らはあえて「ディスコ」に光を当てるのが良いと考えた。『Real People』は個性がなく、全体のストーリー性もないが、コンセプトアルバムのような仕上がりになっている。「裏切り」というテーマは既に初期Chicの楽曲において重要な要素のひとつとして扱われており、『Risqué』に収録されている「My Forbidden Lover」の歌詞「And the lies – whew! – those alibis」(あの嘘 やアリバイ)や「Will You Cry?」の歌詞「The camel’s back broke tonight / It’s too late to try」(今夜が我慢の限界よ / もう手遅れだわ)などに表現されているが、『Real People』ではこのテーマをストレートに扱っている。更に言えば、そのテーマに魅了された彼らは、今まで以上にそれを素直に「最悪だ」と表現している。タイトルトラックではAlfa Andersonが “They receive you readily and will deceive you dreadfully / Oh yes, it’s a reality” (快く受け容れておいて、酷い裏切りをする / それが現実なの)と歌い、 “Make all these phony relationships dissolve” (ふざけた関係はすべて終わりにするわ)と続けている。また「I’ve Got Protection」ではLuci Martinが女好きの男性に向けて “You’ve fooled them all / But that won’t last forever” (あらゆる女性を騙してきたけれど / それは長くは続かないわ)とたしなめ、 “You’ve got to pass my inspection” (診てもらわないとダメね)と医者に通うように言い渡している。これはディスコ時代の性病についての楽曲だが、当時のヘドニズム世代に迫っていた恐怖、AIDSの到来も見据えている。

 

『Real People』の1曲目「Open Up」にはパラドックスが含まれている。リズムは従来のキレの良さだが、開放的というよりは適当に作った枠の中に収めただけの印象だ。またストリングスは香りこそあるものの甘さは無く、ジャジーでタイトな洗練されているRodgersのギターがフィーチャーされているブリッジはスパイシーだ。歌声もデュエットというよりはバトルしているかのようで、Rodgersのギターもバトルモードに入っている。これはChicの80年代の作品の大半を通じて確認できる特徴だ。Rodgersはリフを刻んで組み立てていく(Norma Jeanの1978年の楽曲「I Like Love」を参照)代わりに、Edwardsが底を支えている間に好き勝手にやっている印象で、このアルバムではクリーンでジャジーな「Open Up」と、フラメンコ風のアコースティックギターが印象的なラストの「You Can’t Do It Alone」だけが美しいトーンのソロが保っており、その流麗なサウンドの中に彼らの才能が透けて見えている。

 

 

『Real People』では、2曲のバラード「You Can’t Do It Alone」と「I Loved You More」が支えとなっている。この2曲は控えめで、落胆したムードで、意味ありげな感じもなく、ディスコのエンドレスな享楽が抱えるダークサイドを明るみに出している。「I Loved You More」では “Seems like we all live all alone, for ourselves” (私たちは自分のためだけに生きているみたいね)と寂しげに歌っており、「You Can’t Do It Alone」ではChicのバックシンガーを長年務めてきたFonzi Thorntonが “The Me Decade is gone” (自己中心的な時代は終わったのさ)と歌い上げている。『Real People』は、パーティーが終わって目を覚ました時に、自分の周囲に嫌いな種類の人間しかいなかったことに気付く様子が描かれている。最もクラシックなChicと言える楽曲「26」で歌われているように、このアルバムは真実を告白している。この曲でEdwardsはスモーキーな声で “I haven’t known too many women / Throughout my less-than-industrious career” (結局僕はたいして女性を知らないのさ / 真面目に働いてこなかった人生を通じてね)と語っている。

 

『Real People』がリリースされる頃には全米がディスコを嫌悪しており、ディスコシーン最大のバンドがあえてディスコを非難する姿を見たいと思う人はいなかった。

 

このような歌詞はChicの商業的な失墜のまた別の原因を指し示している。EdwardsとRodgersの歌詞が扱っている新たな共同体主義は、アンチ70年代と言えるかもしれないが、同時にポスト60年代でもあった。80年代という時代は、ケネディ大統領、ジョンソン大統領、ニクソン大統領時代に花開いた社会進歩主義などを含む、70年代のあらゆる風潮を否定した。そしてレーガン大統領の当選は更なる自己中心的な時代の訪れを意味しており、 RodgersとEdwardsが打ち出していた謙虚さは今でこそ支持されているものの、80年代当時の世間の感覚とはずれていた。そもそも、パーティーが終わったことを彼らが改めて言い伝える必要はなかった。『Real People』がリリースされる頃には全米がディスコを嫌悪しており、ディスコシーン最大のバンドがあえてディスコを非難する姿を見たいと思う人はいなかったからだ。

 

結果的にChicはその後、Chic名義でも他人名義でも大胆不敵な作品をリリースするリスクを冒すことはなかった。何より、ディスコシーンではビッグバンドスタイルが求められなくなっていた。PrinceやRick Jamesが、R&B専門家であるRickey Vincentが “Naked Funk” (裸のファンク)と称した、より生々しいサウンドの作品を生み出すようになっており、ストリングスが抜けてシンセサイザーが加わるようになった。そして1981年、新世代の方向性にChicが倣う様子が反映されたタイトルのアルバム『Take It Off』がリリースされた。彼らはそうしなければならなかったのだ。『Real People』は素晴らしいディスコアルバム(彼らのカタログで内容的に匹敵するのは『Risqué』のみ)だったがゆえに、未来が無かった。ディスコのノンストップパーティーは終わらなければならなかった。そしてその代わりによりシンプルな楽しさが求められるようになった。

 

 

『Take It Off』はライトタッチな作品だが、それでもEdwards、Rodgers、Thompsonの演奏は太く、ストレートなファンクナンバー「Stage Fright」や、 “Slap your bass, Burn hard” (ベースをスラップして、激しく演奏するの)とヴォーカルがバンドを鼓舞する「Burn Hard」のサウンドは特に分厚い。また、ディスコを制限する姿勢が、このアルバムに含まれているメランコリーを目立たせている。「Flash Back」のAndersonとMartinのヴォーカルは、 “The reason for the pleasing was the teasing” (ディスコ嫌いの人にとっては、「要はグルーヴなんだよ、マヌケめ」という意味になる)と歌っているが、Edwardsのハスキーに “Making love and dance was all we’d do”(僕たちは愛を交わし、ダンスするだけだった)と歌うオープニングは明らかに悲しげで、ディスコ喪失の傷はまだ新鮮だ。またバラード「Just Out of Reach」はRodgersの極めて繊細な爪弾き(流れるようなサックスソロは抜きに)がタイトル通りのムードを演出しており、 “I want a love that’s / Mine all mine, all the time / You Keep it just out of reach” (愛が欲しい / 僕だけの愛が / でも君は与えてくれない)という歌詞も曲調にマッチしている。この楽曲は彼らのバックシンガーを務めた経験のあるLuther Vandrossの楽曲よりもChicらしさがなく、ひたすら慎重だ。アートロック的でつんのめるような構造とRodgersの鼻にかかった声のかなりお茶目な「Your Love is Canceled」だけが『Real People』に収録されていてもおかしくない楽曲だが、そのサウンドは初期Talking Headsに近い。

 

Edwardsは前出のPaul Greinとのインタビューの中で、彼とRodgersが映画や他のバンドに楽曲を提供する準備が出来ていると語っていた。しかし、他のバンドへの楽曲提供は1981年に問題となった。Aretha FranklinとJohnny Mathisとの共作が進められていたが、お蔵入りとなったのだ。Mathis用の楽曲はそれから数十年後に日の目を見たが、これを聴けば、彼らの相性が悪かったことが理解できる。両者共に素晴らしいのだが、Mathisのヴォーカルは彼らの清涼感溢れるサウンドにはパワーが余分だ。結局唯一リリースされた他人への楽曲提供作品はRodgersが手がけ不発に終わった、Deborah Harryのファーストソロアルバム『KooKoo』だけだった。

 

映画のサウンドトラック制作のチャンスも、『Take It Off』リリース後に訪れた。担当したのは1982年のコメディ映画『Soup for One』のサウンドトラックで、収録曲は既発曲(Sister Sledgeを含む)が半数を占め、残りが新曲だった。しかし、2人がプロデュースしたTeddy Pendergrassの「Dream Girl」は不安定なとりとめのないミッドテンポのバラードで、Pendergrassがいつも通りの情熱的な歌を披露しているが、そこには彼のその情熱を十分にぶつけられるだけのサウンドがない。また、Fonzi Thorntonの「I Work for a Living」も似たような感じで、たいしたクオリティとは言えない。その中で、最も意外な形で機能しているのがCarly Simonの「Why」で、カリビアン風のビートボックスのリズムとSimonの驚くほど生々しい声が興味深い緊張緩和を起こしており、彼女の声はまるでそこに永遠に留まっているかのようだ。

 

 

Chicの楽曲「Soup for One」はシンセサイザーが前面にフィーチャーされており、彼らの中で最もおとなしい「80年代風」楽曲のひとつだ。これは後にModjoのポップハウスヒット「Lady (Give Me Tonight)」の元ネタとなっており、また、RodgersがEdwards亡き後のChicのライブでも演奏している数少ない『Risqué 』以降の楽曲のひとつでもある。『Billboard』誌は、「これは『Good Times』ではない。映画『Soup for One』のために書こうとした楽曲だ」と評価している。更に愛すべき楽曲はRodgersのソロアコースティックの「Tavern on the Green」で、木管系シンセサウンドの控えめな演奏にはPenguin Café Orchestraを聴きながら練習したかのようなループ感がある。

 

『Take It Off』が意図的にChicのサウンドの音数を減らしたアルバムだとすれば、1982年にリリースされた次作『Tongue in Chic』は新しいスタイルを追求したアルバムだ。B面はバラエティ豊かで、「Sharing Love」は楽しく、「Chic (Everybody Say)」は「Chic Cheer」のアップデート版のような出来だ。しかし、このアルバムは、豊かなサウンドが鳴り響くオープニングの3曲が肝で、この3曲がChicのアルバム群を通じて最もパワフルと言えるA面を生み出している。

 

「Hangin’」は「Good Times」以来となるRodgersのシャープなリフと「Est-Ce Ue C’est Chic」以来となる瑞々しいスウィング感に溢れる、地味でジャジーなソロが派手なシンセホーンと好対照を織りなしている楽曲だ。また、「I Feel Your Love Comin’ On」は印象的なアカペラからスタートし、Thompsonの豪快なドラムに繋がっていくという、DJフレンドリーな素晴らしい楽曲で、James MurphyとPat Mahoneyが2007年にリリースした『FabricLive 36』でその素晴らしさを証明している(尚、理解しがたいことにRodgersはボックスセット『The Chic Organization Vol.1』に、オリジナルではなく、Thompsonの見事なパラディドルがカットされたDimitri from Parisのリミックスバージョンを収録している)。そして3曲目の「When You Love Someone」はChicのベストバラードと言えるかもしれない楽曲で、Martinの泣きのヴォーカルと繊細なバンドの演奏がラスト2分で切れ味のあるファンクへ切り替わる。最後の1音まで見事に構成されている楽曲だ。

 

 

『Tongue in Chic』がリリースされた1982年11月頃、RodgersはアンダーグラウンドなバーでDavid Bowieと会い、ひと晩中音楽談義に花を咲かせた。そして2人はその夜から数ヶ月も経たないうちにニューヨークのスタジオPower Stationに入り、約3週間でBowieの『Let’s Dance』を完成させた。このアルバムの強烈な低音、特に重たいドラムは、Rodgersが2010年にシアトルで開催されたPop Conferenceで語ったように、Peter Gabrielの3枚目のソロアルバムに触発されたものだ。そしてこのサウンドは、「Dance, Dance, Dance」が1970年代後半のサウンドの代名詞であったように、80年代中盤のポップの代名詞となり、Rodgersを本人が長年待ち望んでいたロックンロールの世界へ導くことになった。

 

『Let’s Dance』が1983年4月にリリースされると、その年の9月、RodgersはPower Stationに戻り、今度はオーストラリア出身のロックバンドINXSの『Original Sin』を担当。その更に1年後にはMadonnaの「Like A Virgin」をプロデュースした。この曲は6年前に「Le Freak」で成し遂げた記録に並ぶ6週連続全米ナンバーワンヒットとなった。

 

 

こうしてThe Chic Organizationは個人レベルでの活動が徐々に忙しくなっていったため、1983年にリリースされたChicのラストアルバム『Believer』が平坦な印象なのも当然の話だ。シンセサイザーを導入し、『Let’s Dance』と同様の様々な処理が施されたサウンドのこのアルバムは、『Soup for One』と同様、新しいテクノロジーが不器用に用いられており、ドラムマシンのサウンドがまるで貼り付けられたかのように聴こえるパートも多い。しかし、タイトルトラックとソウルフルな「Give Me the Lovin’」では往年のChicが聴ける。また「Believer」は『Real People』以降のどの作品よりも楽しい一方で、闘争心が剥き出しな楽曲で、 “Stand back-to-back, believer / Meet head-to-head / Fight toe-to-toe, believer / Dance cheek-to-cheek” (背中合わせに立ち / 1対1で向き合い / 勝負するのよ / そして寄り添って踊るの)と歌われている。この最後の一節にはRodgersとEdwardsがChicを始めた頃からこのバンドに注ぎ込みたかった、後のクリエイターたちが「イースターエッグ」と呼ぶものが隠されている。

 

「1983年を迎えた頃には『ダンス』という言葉にうんざりしていた。アンチ・ディスコ・キャンペーンの攻撃で、僕はPTSD(心的外傷後ストレス障害)のような状態になっていて、その言葉を使った曲、少なくともダンスを称えるような曲は書かないぞと長年思っていた」Rodgersは著作『Le Freak』の中でこう記している。「でも、自分やみんなの言葉となっていたその言葉をまた使うのには良いタイミングなんじゃないかと思った。それでも、『Dance』という言葉を使うことに対してはナーバスだった。他の誰にも使って欲しくなかった反面、それしかできない奴だと思われるのも嫌だったからね。結局この言葉は僕の名前がアルバムのカバーに載っていない時に助けになった。例えば白人のロックアーティストDavid Bowieの時だ。彼にはこの言葉を好きに使ってくれてもらって構わなかった。そして彼は『Let’s Dance』をリリースした。だが、レコードを燃やす人はいなかったのさ」