十一月 10

National Music Centre & Studio Bell in Canada

RBMAモントリオール特集:エレクトロニック・ミュージック史に残る貴重なシンセ群を保管するカナダのNational Music CentreのStudio Bellを写真とインタビューで紹介

By Erik Leijon

 

カナダの国宝級シンセサイザーの命運を託された、ひとりの米国人電気技師がいる。1977年に没したHugh Le Caineは物理学者でありながら1940年代から1950年代にかけて複数の電子楽器を発明した人物だが、彼が手がけたElectronic Sackbut(*1)と呼ばれるシンセサイザーは構造的に脆弱で、長年に渡り使用不可能な状態が続いていた。そこで、Sackbutに潜む秘密を解き明かし、この世界初の電圧制御型シンセサイザーの完ぺきなクローンを生み出したいというカナダ国立のNational Music Centre(NMC)の願いが、同センターに所属する米国人電気技師John Leimseiderの手に委ねられることになったのだ。

 

(*1)Sackbut/サックバットの本来の意味は、英国やフランスに中世から存在する古い管楽器を指す。音色的にはトロンボーンに近い。

 

Leimseiderが職責を負っているのはSackbutの復元作業だけではない。NMC内の施設Studio Bellには、新たに世界初のマルチティンバー・ポリフォニック・アナログ・シンセサイザーTONTOも所蔵されることになった。現時点では稼働しないSackbutとは異なり、TONTOはその生みの親であるMalcolm Cecilの手によってどうにか作動する状態には保たれている。TONTOのサウンドは1971年にCecilがTONTO’s Expanding Head Band名義でリリースした先駆的アルバム『Zero Time』で大々的に使用されている。

 

今回はこの伝説的なシンセサイザー2台が保管されているStudio Bellの内部写真と、その2台の復元・修復を目指すLeimseiderのインタビューを紹介する。

 

 

どのような経緯で電気技師になったのでしょう?

 

電気技師になる以前はミュージシャンでした。ほんの小さな子供の頃から楽器を演奏していて — 主に鍵盤楽器ばかりでしたが — 中学生の頃にはすでにバンド内の修理屋のような存在になっていました。その後は工科大学に進学し、そこで工学技術の理学士号を取得しました。実は、私が技術的な分野に興味を持つようになったのは、自分の持っていたある楽器がちゃんと修理されなかったことがきっかけでした。それはPolymoogだったのですが、保障修理に出したものの修理不能ということで戻ってきたんです。そこで、私は修理を受付していた会社の社長に直接掛け合い、修理代金を支払うので私に必要な部品と作業場所を与えてほしいと申し出ました。そして、これが縁でこの会社で働くことになり、1978年から今に至るまで、私は一貫して電気技師として働いています。

 

Electronic Sackbutの現状は?

 

Electronic Sackbutは、オタワにあるCanada Science and Technology Museum(カナダ科学技術博物館)からNMCへの貸与という形でここに所蔵されています。現在私はその回路図を書き起こそうとしているところです。Sackbutを復元しつつ、その電気的/機械的な構造を完全再現したクローンを作ることが目標です。ただし、外見は再現しません。Sackbutが持つサウンドや機能をすべて復元し、今後長きに渡って多くの人々が常時使用できるようにしたいと思っているんです。新製品を生み出そうとしちているのではありません。オリジナルのSackbutと同じ回路、そして同じ部品を用いた現代版クローンを作ろうとしているんです。保存を目的とした復元作業ですが、見れば分かる通りかなり痛んでいるので、いつも以上に保守的にアプローチする必要があります。

 

 

 

“Sackbutを改変するつもりはありません。このシンセサイザーは、カナダだけでなく世界中の電子音楽にとって唯一無二の存在ですから”

 

 

 

Sackbutのサウンドは復元可能なのでしょうか? その復元作業はどれほど困難なのでしょう?

 

問題は、このシンセサイザーが何年も稼働していないということです。Hugh Le Caineは1940年代中盤から1950年代中盤もしくは後半にかけてずっとこのシンセサイザーに取り組んでいたのでで、一度も完成しなかったんです。彼は機能拡張や改造を繰り返していました。

 

部品はほぼすべてが手に入ります。鍵盤をいちから削り出すわけではありませんし、真空管もワイヤーで吊すわけではなく、基板上のチューブソケットに真空管を固定するだけです。2x4材やみかんの木箱にタールを塗りつけ、馬の毛を貼り付けるわけでもありません。あくまで、オリジナルと同じ操作性と音色、そして電気回路を持つクローンを作ろうとしているだけなので、ルックスは今の状態とは異なるものになりますよ。

 

 

 

クローンの製作は可能だと考えていますが、オリジナルは切断されているケーブルが多く、劣化による破断なのか、Le Caineが意図的に切断したのかが分かりません。また、内部には2つのキャパシター(コンデンサ)が浮いていました。この楽器について正確に理解している人はいませんし、回路図の完成版も存在しません。部分的な回路図は存在するので、今は回路の全体図を作り上げて、切断されているケーブルの繋ぎ方が分かれば良いなと思っています。

 

National Music Centreは、私がオリジナルに触ることを望んでいませんし、それは理解できます。Sackbutは非常に不安定なコンディションだからです。私もオリジナルを改変するつもりは一切ありません。このシンセサイザーは、カナダだけでなく世界中の電子音楽にとって唯一無二の存在ですから。録音されたSackbutを聴けば分かりますが、古楽器の模倣ではあるにせよ、そのサウンドは本当に素晴らしいですよ。Le Caineがマルチトラックを駆使して作り上げたストリングセクションが存在するのですが、そのサウンドは強烈です。

 

そのような録音物もクローン製作の参考にしているのでしょうか?

 

過去の録音物を技術的な視点から捉えて、合致性を確認しようとしています。1940年代から1950年代にかけて録音されたものなので、音質はハイエンドではありませんが、楽器としての表現力には目を見張るべきものがあると感じています。Sackbutには親指や他の指を使って操作するハンドコントローラーが存在します。中指で音色を変化させるのですが、これは基本的には波形とオクターブを組み合わせたジョイスティックの原型のようなものです。自分で変化とピッチコントロールが加えられるビブラートとフィルターも備わっています。

 

Sackbutは時代のかなり先を行っていたシンセサイザーですから、このプロジェクトは本当にエキサイティングですね。是非ともクローンでサウンドを再現したいと思っています。録音物は聴いたことがありますが、自分で演奏してみたいんです。たとえオリジナルを復元できなかったとしても問題ありません。オリジナルと同じサウンドと似たようなハンドコントロールが備わったクローンが製作することに喜びを感じています。

 

 

TONTOはどのように取り扱われるのでしょう?

 

TONTOは、音楽の歴史を変えた楽器でした。当時のR&Bの制作に使用されていましたが(*2)、過去20年間で音楽に起きた変化を見てみれば、今も影響を与えていることが分かります。TONTOは大部分が機能していますので、NMCに届いてからも演奏はできています。完動ではありませんが、現状でも4〜5人が同時に演奏できる状態です。修復作業が完了したあかつきには、生みの親のMalcolm Cecilや他のアーティストをStudio Bellに招いてレコーディングをしてもらいたいですね。TONTOも素晴らしい楽器ですよ。

 

(*2)Malcolm CecilはStevie Wonderをはじめ、Quincy Jones、Gil-Scott Heron、The Isley Brothersなどと長く交流を持っていた。CecilはStevie Wonderの『Music Of My Mind』(1972年)、『Talking Book』(同1972年)、『Innervisions』(1973年)、『Fulfillingness’ First Finale』(1974年)に共同プロデューサー(Moogプログラマー)として参加した。

 

 

 

Malcomとは連絡を取っていますか?

 

連絡を取っていますよ。彼とはこれまでに3回会いましたが、TONTOの復元が可能かどうかその状態を見るために彼のもとを訪ねた時が最初でした。過去10年に渡って雨の当たる場所に放置していたということでMalcolmたちは心配していましたが、ちゃんと管理されていました。2度目に会ったのは、TONTOを梱包する時で、3度目はドキュメンタリー撮影の一環として彼との会話を楽しみました。会話の撮影は8時間近くにも及んだのではないでしょうか。私たちはメールや電話で連絡を取り合っていますし、彼は以前からTONTOを修理して、教材やレコーディング用に使えるようになる日が来るのを楽しみにしていました。修復作業が完了したあかつきには、演奏と録音を行いたいと彼の方からも言ってくれています。

 

TONTOは写真だけでも壮観で未来的です。実物はさらに素晴らしいのでは?

 

ルックスも素晴らしいですが、実際のサウンドはさらに強烈です。TONTOには本当にクレイジーな設計思想がいくつか組み込まれています。それらは他のシンセサイザーでは再現されていないものです。私もシーケンサー類はひとつを除いてすべて試すことができました。また、Jimi Hendrixとの仕事で知られるRoger Mayerによって製作されたモジュールもあります。このようなモジュールが果たして他に存在するのかは分かりませんが、これ以外では実現不可能なユニークな音色が多数備わっています。一度使ったら、すっかり虜になってしまうはずです。非常に素晴らしいシンセサイザーですので、早く本格的な修復作業に取りかかりたいですね。すべてのモジュールの修復が終われば、その次は全体のメンテナンスに取りかかる予定です。1,000個のジャックを交換し、各コネクターのクリーニングとキャリブレーションを行います。

 

修復作業には「これ以上やってはいけない」という限度が存在するのでしょうか?

 

この業界では、保存と修復はトレードオフの関係ですので、両立は難しいんです。いくつかのミュージアムは状態が悪化しないように現状保存を優先していますし、他のミュージアムでは、再び安定して演奏できるような状態まで修復することを優先しています。ミュージアムという業界にはやれること、やれないことのルールが存在しますが、電子音楽の世界はそこまで厳密なルールは存在しませんので、自分たちで調べて、どうすべきかを判断しています。私は非常に保守的な修復作業を目指しているので、オリジナルパーツをできる限り残したいと考えています。