十一月 03

BTC: Back To Chill

東京からベース・ミュージックを発信、Goth-Trad率いるアーティスト集団

By Hayato Takahashi

 

2005年、東京から世界に放たれた一曲「Back To Chill」が大きな波紋を呼ぶ。この曲はネット上で多くのダブステップのリスナーを虜にし、シーンのプロデューサーたちを突き動かした。発端の人物の名前はGoth-Trad。世界を股に掛けて活動するDJ/プロデューサーであり、東京で開催される冒頭の曲名を冠したアンダーグラウンド・パーティー「Back To Chill」の主催者でもある。

 

そもそもGoth-Tradはダブステップのプロデューサーであったわけではない。2003年のデビュー・アルバム『Goth-Trad Ⅰ』が象徴するように、アブストラクト・ヒップホップとインダストリアルなノイズ・ミュージックが彼の原点にある。サンプラーのパッドを叩くだけではなく、ハンダゴテと図面を片手に自身オリジナルの楽器を作り出し、Goth-Tradは音の実験に明け暮れていた。

 

彼のライブ・セットではミキサーやエフェクターが並び、ステージ上はまさに「実験室」だった。現場でGoth-Tradによって放たれた音は同じくアンダーグラウンドを追求する者の関心を集め、DJ BAKUとのコラボレーションや、Dry & Heavyの活動で知られる秋本武士氏とのユニットRebel Familiaへと繋がる。

 

さらにGoth-Tradのサウンドは国境を越え、2005年のサード・アルバム『Mad Raver’s Dance Floor』はイギリスでまだ誕生して間もない音楽だったダブステップの現場でも支持を獲得した。UKガラージやグライムの影響下で生まれたダブステップには当初決まったスタイルが存在していたわけではなく、多くのプロデューサーたちが試行錯誤を繰返していた。そういった実験精神を持ったシーンと音を科学するGoth-Tradが共鳴することは自然の流れだったのかもしれない。

 

2006年のロンドンで、彼はdmzとDeep Medi Musikを主宰するダブステップのオリジネーターMalaとの邂逅を果たす。そのときにGoth-TradがMalaに放った「お前を日本に連れて行くから」の一言は、東京とロンドンの間の扉を完全に開いた。翌年2007年にMalaは来日し、Goth-TradもDeep Medi Musikからシングル「Cut End / Flags」をリリースした。 

 

 

Goth-Tradにとって2006年はMalaとの出会いだけではなく、自分のパーティーである「Back To Chill」を代官山にあるクラブのSALOONで始動させ、DJも本格的に開始したターニング・ポイントになった。「Back To Chill」の創設メンバーで、現在もレジデントDJを務める100madoは当時のことを以下のように述懐する。

 

「イベント自体は海外のそれに比べたら盛り上がりはまだまだ小規模な印象でした。ただ、小さいながらもプレイヤーもお客さんも『これはヤバい』という感じで熱気はあったと思います。実際に2008年ぐらいまでのリリースはどれもオリジナリティ溢れていたし、同じダブステップという括りの中でも全員のリズムやアイデアがばらばらで、本当にむちゃくちゃ面白かった。」

 

このように語る100mado自身もユニークなキャリアの持ち主である。DJ活動だけではなく、ターンテーブルを用いた即興演奏グループBusratchにも参加。イギリスのガラージやグライムのシーンにいち早く目をつけ、2004年からダブステップのDJを開始する。

 

ダブステップにはネット上で海外のシーンが繋がっていった特徴があるが、100madoの活動にもそれが反映されている。ブログで自身の最新のミックスが公開されるだけではなく、海外のプロデューサーの紹介も行い、そこから交流がスタートすることもあった。2007年に自身の曲がBBCのラジオ番組でMary Anne Hobbsにプレイされ、スペインのプロデューサーPachekoと2009年にアルバム『DJ 100mado Vs Pacheko』をリリースした。

 

ミステリアスな雰囲気を持ちつつも確固たるグルーヴに支えられた彼のDJやプロダクションには、Goth-Tradも大きな信頼を寄せている。

 

2008年に会場を渋谷のclubasiaに移すと、サウンド面にさらなる磨きをかけた。もともと音響に定評のあるclubasiaにサウンド・システムを追加することによって、ダブステップの心臓である重低音は迫力を増した。ただ低音を鳴らすだけではなく、いかに鳴らすかにも丹念に拘り、毎回のサウンドチェックにもメンバーはじっくりと時間をかける。2013年からGoth-Tradの熱心なサポーターが作り出したBroad Axe Sound Systemが導入され、音質はさらに向上した。クルー一丸となって音を作る姿勢も「Back To Chill」の重要な要素なのである。

 

もちろんサウンド・システムだけではなく、現場で流れる楽曲にもアンダーグラウンドの精神が貫かれている。日本の音楽誌『GROOVE』のインタヴューに対し、現在のシーンについてGoth-Tradは「『ダブステップ』という言葉だけがひとり歩きをして、勝手なルールやイメージを作ってしまった残念な部分もあると思う」と語る。現在ダブステップはアメリカのEDMカルチャーのなかで商業化し、「ブローステップ」と呼ばれる言葉も作り出された。「Back To Chill」のフロアに鳴り響くのはそんな現状に反抗するかのようなサウンドだ。

 

 

clubasiaに移ってからパーティーのレジデントDJになったENAのプロダクションは、「Back To Chill」のアンダーグラウンド・サウンドを特徴付ける重要な要素だ。2006年にドラムンベースのプロデューサーとしてリリースを開始すると、ENAはダブステップの制作にも目を向ける。

 

2011年にフランスの7even Recordingsからリリースされたシングル「Sign / Instinctive」で海外デビューを果たすと、その抽象なダブステップ・サウンドはResident Advisor Podcastへの参加の布石となった。海外へのツアーも積極的に行い、その活動が評価され2014年にはベルリンの実験的なドラムンベースのレーベルSamurai Horoからアルバムをリリースすることになった。

 

「決してコピーをしない」という哲学によって生み出されるENAの楽曲は、Back To ChillのレジデントDJたちとは一線を画すものであるが、だからこそパーティーの射程は広いものになっているのだ。

 

 

レジデントを務めるもうひとりのDJであるDubtroも、「Back To Chill」のアンダーグラウンド・スピリットのよき理解者だ。Goth-Tradとはデモテープを渡すようになり親交を深め、2010年から「Back To Chill」へ参加するようになる。2011年にはイギリスの新興ダブステップ・レーベルMindstep Musicよりデビュー作「Forgot Past Strage EP」をリリースした。フロアを揺るがすような重低音の楽曲だけではなく、同EPの表題曲で聴けるアンビエントのフィーリングもDubtroは持ち合わせている。最近では「Back To Chill」への出演歴もあるロンドンのプロデューサーKarmaとコラボレーションをしており、今後も目を離せないプロデューサーである。

 

Goth-Tradが「Back To Chill」を始めて今年で8周年。現在Goth-Tradはそれまでのダブステップ・サウンドを軸に、インダストリアルなテクノの制作にも力を入れており注目を集めている。秋にはパーティーと同名のレーベルをスタートすることが発表され、今回紹介したレジデントDJやGoth-Tradにゆかりのあるプロデューサーが参加するコンピレーション・アルバムの発売も決定した。今年はパーティーのクルーにとって飛躍の年になりそうだ。

 

これまで築いてきた「Back To Chill」の魅力とは何なのだろう。100madoはGoth-Tradとの8年間を振り返り、こう説明する。

 

「2010年頃を境に巨大化していくシーンの中で、『Back To Chill』は淡々と自分たちが思うヤバい音をひたすら追求し続けています。それはGoth-Tradの音楽に対する信念が反映されているからですが、ずっと関わっている身としては『ちょっと頑固すぎない?』と思ったこともありました。でも、彼がよく言う『他でやっていることやっていても意味が無い』を貫くことで、刹那的に終わってしまうシーンや流行りに振り回されないイベントになっていると感じます。」

 

Photo: Masanori Naruse