六月 07

Another Side of ’90s Hip-Hop

1990年代のヒップホップシーンを追い続けたフォトグラファーの未発表写真が伝えるアーティストたちの素顔    

By Anthony Obst & T. Eric Monroe

 

1992年から1997年までの間、T. Eric Monroeは最も多作なヒップホップカルチャーのドキュメンタリーフォトグラファーのひとりだった。スケートボードフォトグラファーとしてキャリアをスタートさせたMonroeは、『TransWorld Skateboarding』や『Thrasher』で仕事を重ねたあと、『The Source』の撮影を担当するようになり、ニューヨークのラップミュージックのハイライトのひとつに数えられる時代を通じてヒップホップへ深く関わるようになっていった。

 

Monroeはニュージャージーの自宅から毎日ニューヨークへ通っていた当時の生活について「ノンストップのハードな日々だった」と振り返っているが、その日々が、キャリアの重要なステージに差し掛かっていたNas、The Fugees、Ol’ Dirty Bastard、2 Pacなどのトップアーティストたちと知り合うチャンスを提供した。カメラ、説得力のある瞬間を捉える才能、そして優しくて穏やかな性格を上手く組み合わせることで、Monroeはアーティストたちが最もリラックスしている瞬間を捉え、彼らのパブリックイメージの裏側を見せていった。

 

Monroeのアーカイブには誰も見たことがない宝石が数多く詰まっている。先日、その宝石の一部をストーリーと共に公開してくれた。

 

 

Nas

 

Nas © T. Eric Monroe

 

 

俺は少し違う瞬間を捉えるのが好きなんだ。アーティストがガードを下ろした瞬間というか、いつもとは違う姿を見せる瞬間をね。Nasにも本当の姿を見せる瞬間があるんだ。そういう瞬間は、アーティストをより身近な存在にしてくれる。プレスフォトやまたはそのアーティストに対して持っているイメージより、そのアーティストを近くに感じることができるのさ。

 

この写真を撮影したのは『Illmatic』のリリースから1ヶ月後だった。Nasが注目を集めるようになっていた頃で、『The Source』の連中は彼に興味津々だった。この撮影にはかなり時間をかけたよ。1時間から1時間半かけたんじゃないかな。マンハッタンを歩き回って、いくつかのエリアで撮影した。この写真は、ニューヨークにアートとして持ち込まれたベルリンの壁の一部の前で撮影したものだ。グラフィティの前に立つNasはとても優しい顔をしていて、彼の “優しい魂” が感じられる。これはまだ一度も外に出したことがない1枚だ。

 

ベルリンの壁の前で撮影するというのはあなたのアイディアだったのでしょうか?

 

いや、偶然の産物だった。歩き回っている間に見つけたのさ。当時は55th StreetにあったColumbia Recordsからスタートして、Madison Avenueへ向かったんだ。Columbia Recordsからぐるりと2ブロックくらい歩いたのさ。それで角を右へ曲がると、ベルリンの壁が置かれているオープンエリアがあった。そこが何なのかは知らなかった。「とにかくあそこへ行ってみよう」って感じで向かったのさ。

 

 

Nas & The Fugees

 

Nas(左から2人目)& The Fugees © T. Eric Monroe

 

 

1994年にColombia Recordsが用意した取材日に撮影した1枚だ。その取材日は、彼らの新人アーティストたちを紹介するためのものだった。新人アーティストが記者たちの質問に答えたり、フォトグラファーの撮影に応じたりしていたよ。俺は外に偶然集まっていた彼らを撮影したんだ。彼らはColumbia Recordsが猛プッシュしていた新人アーティストだったのさ。当時はThe Fugeesが何者なのか誰も知らなかった。Nasも話題にはなっていたが、俺にとってはまだ新人アーティストのひとりだった。それで4枚ほど撮影したんだ。

 

The Fugeesは何回か撮影したよ。ファーストアルバムがリリースされるまでに2回ほど撮影したはずだ。それでWyclef(Jean)と仲良くなった。俺の少し変わったテクニックを気に入っていた。たとえば、クロスプロセス(クロス現像)だ。スライド用フィルムをプリント用フィルムとして現像すると、少し変わった色になる。どのフィルムを使うのかで色味が変わってくるのさ。

 

それで結局、Wyclefには結婚式の撮影を頼まれたんだ。結婚式では伝統的な撮影をしたが、あれは非常に面白い1日だったね。結婚式会場からレセプション会場へ向かっている車中で、3つのラジオ局が「Nappy Heads」をオンエアしていた。このトラックはThe Fugees初のビッグヒットだった。凄いと思ったよ。結婚式が終わってすぐのタイミングで3つのラジオ局が彼らの同じトラックをプレイしていたんだからね。

 

スタジオにいるWyclefをリアルに捉えているモノクロ写真もあなたの作品ですが、いつ撮影したのか憶えていますか? スタジオにはWyclefしかいなかったのでしょうか?

 

『Wyclef Jean Presents The Carnival』のレコーディング中に撮影したんだ。この日に彼がどのトラックに取り組んでいたのかまでは憶えていないが、スタジオセッション中に何バージョンか撮影した。ベース、キーボード、アコースティックギターを弾いている姿を撮影したのさ。Wyclefは非凡な才能の持ち主だ。異次元レベルだよ。何カ国語も話せるんだ。スペイン語を流ちょうに話せるし、英語、フランス語、クレオール語も話せる。ドイツ語も話せると言われても驚かないね。楽器だって何種類も演奏できた。彼はとてつもなく優秀な人物だ。注目しておいた方がいい。彼なら何をやってのけても不思議じゃないね。

 

Wyclef Jean © T. Eric Monroe

 

 

Wyclef Jean © T. Eric Monroe 

 

 

 

Lauryn Hill

 

Lauryn Hill © T. Eric Monroe

 

 

当時、Laurynはブリックリンのフォート・グリーンでCommonの「Retrospect For Life」のミュージックビデオの監督をしていたんだ。このトラック自体にも参加していた。これは、その撮影の合間を縫って撮影した1枚だ。廊下にいる彼女を捉えたのさ。後ろにはQuestlove、Pete Rock、The RootsのTariq(Black Thought)が写っている。ミュージックビデオの撮影現場でアーティストたちがくつろいでいるっていう良くあるシーンさ。

 

俺は現場を歩き回りながら、ちょっとした “オフ” の瞬間を探していた。スタジオの外で友人たちと冗談を言い合っているQuestloveとPete Rockも撮影した。だが、このLaurynの写真はそれとは全然違う。言うならば、彼女の思考を捉えたのさ。廊下でね。リラックスしながらも何かを思考している彼女の美を捉えるたこの1枚は心に響いてくるね。

 

 

 

 

Big Pun

 

Big Pun with his son © T. Eric Monroe

 

 

これはブロンクスのBig Punの家の前で撮影した1枚だ。この撮影の少し前に俺はFat Joeと仲良くなったんだ。それで彼から「今からこれをやるから来いよ」、「今あれをやっているんだ」なんて連絡をもらうようになっていた。だから、たまに一緒に過ごしていたんだが、この日はブロンクスへ行こうという話になったんだ。

 

ブロンクスでThe Boxという名前の音楽専門ケーブルテレビ局のインタビューをFat JoeとBig Punが受ける予定だったんだ。それで、彼らのビデオインタビューが行われている様子を何枚か撮影したあと、Big Punの家へ向かったのさ。その時に、Big Punと彼の息子が自宅の前の階段に座っている姿を撮影したんだ。

 

Big Punと息子の関係にどんな印象を持ちましたか? この写真はとても仲が良さそうですよね。

 

素晴らしい瞬間のひとつだったよ。息子は父親に会えて喜んでいた。写真を見れば分かる通り、息子は父親にボルサリーノのような帽子を渡そうとしていた。実はこの時もう1枚撮影していて、その写真はBig Punが息子の方に身体を傾けてキスをしている瞬間を捉えているんだ。2人は距離を取って階段に座っていたが、Big Punが電話を切ると、息子の方に身体を傾けてキスしたのさ。真の愛が感じられる瞬間だった。息子は父親に憧れていたし、一緒の時間を過ごせるだけで嬉しく思っていた。なぜなら、Big Punはアルバム制作やメディア対応で忙しかったからね。ようやく持てた親子水入らずの時間だったのさ。

 

息子と奥さんにこの時に撮影した写真をメールで送ったんだが、喜んでいたよ。同じ階段で、Big Punと奥さんが階段の両端に腰掛けていて、2人の後ろのドアの奥に息子が立っている姿を捉えた1枚もある。プライベートな家族の時間だ。愛を感じることができるが、彼らにのしかかっていたストレスも感じることができる。

 

 

 

Ghostface Killah & Raekwon

 

Ghostface Killah & Raekwon © T. Eric Monroe

 

 

2人にはRCAのオフィスで会ったんだ。階段を降りて、そのまま数ブロック一緒に歩いた。シンプルなロケーションで撮影をしようとしていたんだが、その時にこの壁を見つけたんだ。写真を見れば分かる通り、彼らはまだ若くて、スーパーハングリーで、スーパーナイスだった。2人はナイスコンビだったよ。仲の良さが写真から伝わってくる。腕を組んだり、銃を撃つ真似をしたりと典型的なポーズを取っていない時の彼らは素直で物静かだった。

 

その好例と言えるのが、Ghostface Killaがジーザスのメダルを手に持ってカメラを真っ直ぐ見ている別の1枚だ。その写真には、非常に大人しくて親しみやすい男が写っている。誇張されていない素の瞬間を捉えるのさ。ふざけている時も、ふとした瞬間に現れる普段のエッセンスを捉えるんだ。それが作品をタイムレスにするのさ。この時もそういう瞬間を捉えることができたから本当にハッピーだよ。当時の彼らの中にはハングリー精神と熱い気持ちが詰まっていた。

 

 

 

Guru & Ladybug Mecca

 

Ladybug Mecca & Guru © T. Eric Monroe

 

 

これは、セカンドアルバム『Blowout Comb』をレコーディングしていたDigable Planetsと一緒に過ごしている間に撮影した1枚だ。俺は1ヶ月ほど彼らのスタジオに出入りしていたんだ。スタジオで1、2時間撮影しては数日空けてまたスタジオに戻るという感じだった。“好きにやってくれ” という感じだったよ。

 

この日にGuruが来ることは知らされていなかった。スタジオに行ったら彼がいたのさ。Guruのことは初期『Jazzmatazz』の頃から知っていたし、何回も街中で出くわしていた。彼はとてもクールな人物だったし、この時も「よお、マイマン」と挨拶してくれた。Digable Planetsは俺が彼を知っていることに驚いていたが、クールな集まりって感じだったね。スタジオでGuruは「Borough Check」のレコーディングをしていた。それで俺はButterflyと話したり、リリックを書いたり、サウンドをチェックしたりしている彼を撮影したんだ。

 

 

LadybugとGuruを捉えたこの1枚は、スタジオの控え室で撮影したんだ。ソファに座って話をしている最中にカメラを取って、2人が一緒にいる姿を捉えたのさ。数枚撮影したんだが、LadybugがGuruを見つめていて、Guruが俺を見つめているこのモノクロ写真は1枚目か2枚目に撮影したはずだ。ただ一緒にくつろいでいる瞬間を捉えただけさ。愛、友情、リスペクトが感じられる。彼らの仲間意識と内面が伝わってくるね。

 

当然、グループ全員がGuruに憧れていた。彼は本当にナイスガイだった。Digable Planetsはファーストアルバムで商業的に大成功を収めていた。「Rebirth of Slick (Cool Like Dat)」のヒットでポップカルチャーの一部になっていた彼らは、このセカンドアルバムで、Guruにより幅広い層にアピールするチャンスを与えたんだ。だが、このトラックはコマーシャルなポップトラックじゃなかった。実にブルックリンらしいトラック、ヒップホップカルチャーの文脈に沿ったトラックだった。全体の雰囲気やRoy Ayersのサンプルの使い方はまさにそうだった。全てが上手くひとつにまとめられていた。彼らは非常に論理的なアプローチでこのセカンドアルバムに取り組んでいたんだ。

 

Guru and Roy Ayers © T. Eric Monroe

 

 

 

Ol’ Dirty Bastard

 

Ol’ Dirty Bastard © T. Eric Monroe

 

 

これは1日がかりの撮影だった。信じられないかもしれないが、正式な仕事だったんだ。「ちょっとそこで撮影しようか」という感じの撮影ではなかった。『The Source』のOl’ Dirty Bastardの特集記事用の撮影だったのさ。最初に車でハーレムへ向かって、ODBの髭と髪を整えたあと、全員でロウアー・イースト・サイドへ戻った。2nd StreetとAvenue Bの角へ向かったんだ。そこのビルに俺の友人が住んでいて、彼女が屋上で撮影できるように手配してくれていた。彼女はワールドトレードセンターが背景に入るパーフェクトなアングルを用意してくれていたんだ。ニューヨークの街並みは、空の色合いが良ければ、それだけで素晴らしい背景になる。

 

ワールドトレードセンターを背景に入れて、ODBを屋上の端に立たせて撮影するのは簡単だった。なぜなら、彼は撮影向きなアーティストだったからさ。もちろん、ODBはODBだから、色々なキャラクターの持ち主だったが、実に彼らしいキャラクターを捉えることができたのが、彼が片方のレンズが抜けたサングラスをかけてレンガの壁の前に立っている時だった。だが、意外なことにとても落ち着いている時間でもあった。

 

彼はただ静かにそこにいるだけだった。普段のODBとは違う、とてもピースフルでカラフルな瞬間だった。後方に写っているワールドトレードセンターと空の色合いが相まって、普段は見られないODBになっている。他のショットはもっとピュアなODB、クレイジーなODBだった。本人もそういうクレイジーな人物というイメージを打ち出したがっていた。彼との撮影は面白い経験になったよ。

 

この日は、もっと普段のODBに近いイメージも撮影したんだ。2nd StreetとAvenue Bの角にあったそのビルの通りを挟んだ向かいにジャンクヤードがあって、そこで撮影することができたんだ。積み上げられた廃車のドアによじ登っている、クレイジーでワイルドな、典型的なODBを撮影した。この写真はその特集記事で使われたはずだ。ODBがこの世を去った時、『The Source』はこの日に撮影した別の1枚を表紙に使った。片方のレンズが抜けたサングラスをかけてレンガの壁の前に立ち、キッとした視線を投げかけているODBだ。

 

ODBは興味深い人物だったよ。アルバムが売れて成功を収めて名声を手にすると刑務所に入った。出所した日に、The Rootsが演奏していたIrving Plazaで彼と偶然出会ったんだ。あの日の彼はまた違ったクレイジーぶりだった。俺は彼の両面を知ることができたのさ。

 

Ol’ Dirty Bastard © T. Eric Monroe

 

 

スイッチで人格が切り替わるような感じだったのでしょうか?

 

その通りさ。出所直後の彼の目には狂気が宿っているのが分かった。Irving Plazaに着いた俺は、開演前に会場内を動いて色々と撮影して、開園後はステージ脇とバックステージを行き来していた。あの日のODBはクレイジーなOssirusというか、クレイジーなBig Baby Jesusというか、全くの別人だった。

 

それで俺がステージ脇にいると、ODBがそのクレイジーモードでやってきたのさ。だが、俺の横に立つと普段の “Russell” に戻ったんだ。ロウアー・イースト・サイドでの撮影について色々と話してきた彼を見て、「待てよ、普通のODBに戻ってるじゃないか」と思ったよ。それで会話を続けて、屋上を手配してくれた友人のことや何やら思い出話をしていると、誰かがやってきた。その瞬間、彼はまたクレイジーなBig Baby Jesusに変わったのさ。

 

そのあと、具体的に何が起きたのかは憶えていないが、彼が喧嘩を始めて、結果的にThe RootsはIrving Plazaから追い出されてしまった。The Rootsは喧嘩とは一切関係なかったのに、あの日が原因で数年間出入り禁止になったんだ。ODBのせいでクレイジーな一夜になってしまったのさ。あの日のODBは何かがおかしいのがひと目で分かった。

 

 

 

Onyx

 

Onyx © T. Eric Monroe

 

 

これはBiohazardと共演したシングル「Slam」のミュージックビデオの撮影日に撮影したんだ。Onyxとの仕事はかなり楽だったよ。ハードコアなイメージとは裏腹にナイスガイの集まりだったからね。彼らはいつも誠意ある態度で接していたし、フレンドリーだった。だが、同時にウルトラハードコアなイメージを打ち出す方法も知っていた。パンクのライブでモッシュピットに突っ込む直前のような姿に変わることができたんだ。彼らはそういうエナジーの持ち主だった。他のハードコア系ミュージシャンと同じで、一旦ステージを下りれば、世界一心優しい連中だった。だが、モッシュピットの中では容赦しないのさ(笑)。

 

俺は彼らのそのエナジーに共感を憶えていた。というのも、俺はヒップホップシーンに深く関わっていたが、パンクロック出身だったからさ。俺の仲間は全員パンクロックバンドで活動していたし、ライブにも通っていた。俺の中ではヒップホップとハードコアの扱いは同じだったんだ。同じ存在だったのさ。

 

 

俺が育ったニュージャージーでは、誰もがスケートボード、BMX、ヒップホップを一緒に楽しんでいた。大きなひとつのシーンだったのさ。もちろん、グループに分かれてはいたが、俺が一緒に行動していた連中は、あらゆるカルチャーを受け容れて楽しんでいたし、自分が好きなものを積極的にサポートしていた。俺にとって、パンクとヒップホップは同じエナジーだった。エナジーを感じれば、その裏にあるストーリーが理解できる。俺の中で、この2つのストーリーは似ていた。だから、俺はOnyxのようなグループが理解できたのさ。彼らがやっていることに真実を見出すことができたんだ。

 

 

 

Snoop Dogg & Run-D.M.C.

 

Snoop Dogg & Run-D.M.C. © T. Eric Monroe

 

 

これはフィラデルフィアで撮影した1枚だ。当時(1995年)、『The Show』という映画があった。映画自体は全くヒットしなかったが、映画に出演しているアーティストたちがパフォーマンスをするスペシャルライブがあったんだ。そのライブのバックステージで撮影したのがこの1枚さ。

 

控え室に繋がる廊下で、ステージからそう遠くはなかった。そこに姿を見せたSnoop Doggは、いくつかのテレビ局からインタビューを受けていたんだが、終えたあとも残っていたんだ。そこにRun-DMCが偶然やってきたのさ。だから、俺が両方に声を掛けて、一緒にいる姿を撮影しても良いかどうかを尋ねると、両方から「問題ない」と言ってもらえた。

 

彼らが挨拶を交わしたあと、さっと数枚撮影した。その時に、Snoopが具体的な質問をしてきたのを憶えているよ。「この写真は何に使うんだ?」とね。言うべきじゃないという直感が働いたが、俺は正直者だったから「『The Source』です」と答えた。その瞬間、彼の目が怒りに満ちた。「ファック・ザ・ソース!」と怒りと憎しみに満ちた声で吠えていた。そのあと数枚撮影すると、Snoopは足早にその場を去った。彼は『The Source』を嫌っていたんだ。

 

Snoopがステージ上で「イーストコーストはDr. DreとSnoop Doggを嫌ってんだろ?」とぶちかましたあのSource Awardsの直後だったんだ。だから「言うべきじゃなかった」と後悔したよ。『The Source』の名前を言った瞬間にSnoopの顔色が変わったからね。でも、彼に嘘はつきたくなかった。何しろ狭い世界だからさ。

 

SnoopはRun-DMCを尊敬していたよ。彼らはゴッドファーザーだし、マスにアピールする新たなヒップホップの基礎を作り上げたグループだからね。あの世代で初めて世界中から注目されたヒップホップグループだった。お互いへの愛とリスペクトが感じられる瞬間だったよ。

 

 

 

2Pac

 

2Pac © T. Eric Monroe

 

 

この撮影は1時間か1時間半くらいで終わったはずだ。2PacはThe Boxという名前の音楽専門ケーブルテレビ局のインタビューを受けていた。The Boxは2PacとThug Lifeの番組を制作していたんだ。彼がニューヨーク時代に通っていたハーレムの学校の前で撮影した。彼に関係がある場所だからここが選ばれたのさ。

 

撮影では、テレビの撮影の合間を捉えることができた。友人と話したり、葉巻をくゆらしたりと、2Pacは普段の姿を見せていた。テレビカメラが回っている時とは違うシンプルな一面を見せていたのさ。だが、一旦テレビカメラが回れば人の輪の中に飛び込んでインタビューをこなしていた。180°違う2Pacを見ることができた。チルアウトしていると思えば、次の瞬間にはファンと話したり、サインをしたりと、世間がイメージする2Pacになっていた。だが、その2つは繋がっていた。

 

 

 

2Pac & Notorious B.I.G.

 

2Pac(左から3人目)& Notorious B.I.G. (右から3人目奥) © T. Eric Monroe

 

 

ライブ会場で撮影した1枚だ。1993年頃だったと思う。OnyxとPublic Enemyのライブだったはずだ。会場に着いて、カメラを抱えてステージへ向かって歩いていると、誰かから「よお、写真撮ってくれよ」と呼び止められたんだ。それで「OK」と返したんだが、丁寧な撮影をしなかったんだ。やたら大勢だったから、全員がファインダーに収まることだけを意識していた。ファインダーを覗くとクールなイメージになっていた。2Pacが中指を突き立てていた。だから、俺は何も考えずにただ何枚か撮影した。

 

長年、この1枚はフォルダに入れっぱなしだった。この時に撮った一連の写真は大した価値がないと思っていたから、まともに見たことがなかった。なぜなら、被写体の顔に影がかかっているのは良い写真とは言えないからさ。影がかかっていると誰なのかはっきりしない。だから、いつもさっと見るだけだった。影が多いからどのメディアも買ってくれないと思っていたんだ。

 

だが、この撮影から何年も経ったあと、ファイルの整理中に少し気になって、この写真をちゃんと見てみたんだ。「マジかよ? Biggieと2Pacが一緒に写ってるぞ! しかも、揃って “I’m a Bad Boy” Tシャツを着てるじゃないか!」と思ったよ。同時に「この写真をちゃんと見なかったおかげでいくら損したと思ってるんだ」と自分を責めたね(笑)。“絶好の機会” だったのさ。

 

 

Header Image:RZA © T. Eric Monroe