八月 09

Alison Moyetの笑い声

Yazoo「Situation」のあの笑い声が36年間ダンスフロアに響き続けてきた理由を探る

By Marke B. 

 

ヴォーカルサンプルの世界では、James Brownの低く短いシャウトやAretha Franklinの “オー”、NASA宇宙飛行士の通信と同じくらいユビキタスで、瞬時に分かるという意味では、Loleatta Holloway、Nina Simone、First Choiceと肩を並べている −

 

1982年にリリースされたYazooのトラック「Situation」のイントロに収録されているAlison Moyetのその印象深い笑い声は、Derrick May、Snoop Dogg、Wagon Christ、Roni Sizeを含む様々なアーティストによって別の意味を与えられ、ゴスペルハウスからガバテクノ、レゲトン、1990年代のレトロエキゾチカまで、ありとあらゆるジャンルに登場してきた。

 

彼女の笑い声は、ポストディスコからテクノへの移行を告げる役目を果たし、レイブ時代を席巻すると、Los Del Rio「Macarena」やSamantha Fox「I Wanna Have Some Fun」などに使用されることでインターナショナルポップチャートの頂点も味わった。

 

1980年代後半から1990年代前半のダンスフロアで、Moyetの笑い声から逃げることは不可能だった。Deee-Lite「What Is Love」、C+C Music Factory「Gonna Make You Sweat」、S’Express「Theme From S’Express」、Mr. Lee「Pump That Body」などが、この金の泉に足を浸した。

 

音楽評論家のSimon Reynordsはブログの中で次のように記している。

 

「あの笑い声、あの女性らしい喜びに満ちた液体的な微笑は、100曲単位で聴いてきたと思う。ストックサンプルとしてこの笑い声と同レベルと言えるのは、Malcolm McLaren “Buffalo Gals” のイントロのあのヒルビリー的叫びと、ColdcutやMarc Acardipane、そしてその他15,000組のアーティストが使用した “This is a journey into sound* だろう」

 

*:1958年にリリースされたサウンドエフェクト集の冒頭に収録されている、英国人俳優Geoffrey Sumnerの解説の一部

 

 

Whosampledは、Yazooの「Situation」のサンプルはこれまでに92トラックで使用されている(2018年8月9日現在)としており、そのうち84トラックがMoyetの笑い声を使用しているが、New York Bandが1996年にリリースしたメレンゲ「Soltera」、MC Crownが1990年にリリースしたヒップハウス「Situation」、Heidi Montagが2009年にリリースしたプラスティックポップ「Body Language」など、彼女の笑い声以外の部分をサンプリングしているトラックも、“あの笑い声” がシンセポップを米国のダンスフロアに導いていなければ生まれていなかっただろう。

 

Moyetの笑い声自体もある意味サンプルと言える。これは、レコーディングのためにヴォーカルブースに入ったMoyetが、マイクにかかっていたリバーブに驚いて笑ってしまった時のもので、彼女とYazooのメンバーVince Clarke、そしてプロデューサーのDaniel MillerとEric Radcliffeがそのまま残すことを決めたと言われている。

 

おそらく、このサンプルをイントロに持ってきたのは、トラック全体のトーンを設定するためだったのだろう。このトラックは高圧的な女性が主人公で、「Move out, don’t mess around(どきなさいよ 邪魔しないで) / Move out, you bring me down(どいてよ 気が滅入るから)」というサビが用意されている。このコンテクストの中で、彼女の笑い声はパワーと激しさ、そして多少の「相手を馬鹿にする感じ」を打ち出している。言い換えれば、「あんたは用済み」と言っているのだ。

 

「もう終わり」と言わんばかりの彼女の笑い声は、傲慢なフラメンコダンサーのようにかつての恋人を踏みにじり、八つ裂きにしている。また、この笑い声は多少不気味で、暗い廊下の先に響く幽霊の声のようでもある。歌詞も「I remember only for an hour (1時間しか覚えていないわ) / Move right through me can you feel the power(わたしの中を抜けていくこのパワーを感じない?) / I don’t know what’s going on(自分に何が起きているか分からないわ)/ It scares me but it won’t be long(怖いけど 長くは続かないはず)」と霊的な表現を一部に用いている。

 

さらに、Moyetの笑い声は愉快な雰囲気も携えており、解放感と連帯感で音楽とダンサーの間に存在する壁を壊し、リスナーのガードを下げる。これは、大半のダンスミュージックの目標とも言えることだ。 

 

 

 

“1987年から1994年にかけて、Moyetの笑い声は、ヒップハウス、ニュービート、ジャングル、ダウンテンポ、ユーロダンスなど、ありとあらゆる新興ダンスミュージックジャンルの提唱者たちによって使用された”

 

 

 

音楽評論家のAdam Bradleyは、2017年の著作『The Poetry of Pop』の中で「曲中の笑い声は様々な意味を持てる。溢れる喜び、その場の空気、ギャグへのリアクション、純粋な笑いなどを示すことができる」と説明している。また、Bradleyは、同業者Ben Ratliffの考えも引用し、「楽曲中の笑い声は主導権の瞬間的な譲渡を意味している。ミュージシャンからリスナーに主導権が渡され、両方に共有される。笑い声は “芸術風” の否定だ」と続けている。

 

ポップミュージックシーンで有名な笑い声の中では、Moyetの笑い声は、Janis Joplin「Mercedes Benz」かJoni Mitchell「Big Yellow Taxi」の控えめな遊び心に近い。間違いなく、「Crazy Train」のOzzy Osbourneや「Thriller」のVincent Priceほど大仰なものとは違う。

 

Moyet自身のキャリアの中では、この笑い声は、シャンパンをラッパ飲みする音に例えることができる。すでにいくつかのパンクバンドを渡り歩いた経験を持っていた、自称「バジルドン出身の何者でもなかった」当時20歳のMoyetは、英国最大のポップスターのひとりになろうとしていた。また、彼女はYazooが1983年に解散したあとも、成功に満ちた35年の音楽キャリアを築いてきた。

 

Moyesはインタビューの中で「当時のわたしには物事が上手く行ってるガキ特有の “高慢さ” があったわね。やれば何だって上手く行くって思っていたのよ」

 

「Situation」は、元々は「Only You」のBサイドとしてMoyetとClarkeによって急遽用意されたトラックだった。「Only You」は、シンセサイザーを使用した音楽がポップミュージックファンにギターロックの代替として受け容れられるようになっていた1982年、UKチャートで予想外のヒットとなった。

 

 

当時はすでにGary Numan「Cars」、Human League「Don’t You Want Me」、またClarkeが直前まで所属していたDepeche Mode「Just Can’t Get Enough」のようなキャッチーなシンセポップがヒットし、大衆が好まなかったエレクトロニック・ミュージック特有のアヴァンギャルドなイメージを払拭していた。しかし、それでも当時のシンセポップはまだ男性主体のシーンだった。Moyetのブルージーで華麗なヴォーカルがClarkのプログラミングスキルにソウルを注入するまで、世間の記憶に強く残っている同種のコンビネーションは、5年前にリリースされたDonna SummerとGiorgio Moroderの「I Feel Love」だけだった。

 

結果、2人のエレクトロニックとソウルのクロスオーバーが、「Situation」を米国のアンダーグラウンドダンスクラブヒットのひとつにした。特に受けたのは、ハウスが花開く前のニューヨークのダウンタウンだった。

 

Yazooの所属レーベルMuteが「Situation」をUSのレーベルSire Recordsにライセンスし、Sire RecordsがFrancois Kevorkianをリミキサーに起用して12インチシングルをリリースした。尚、Francois Kevorkianはその後も、Dinosaur L「Go Bang」、D-Train「You’re One For Me」などで次々と優れたポストディスコリミックスを提供した。

 

Muteの創設者でもあるMillerはインタビューの中で「当時の私たちにとって、リミックスというコンセプトは完全に異世界のものだった。私たちは “誰にも自分たちの音楽を滅茶苦茶にして欲しくない” と思っていたが、“とにかく試してみてから判断しよう” という結論に落ち着いた。Vince(Clarke)はリミックスバージョンを嫌っていたが、最後は “リリースしよう” という話になった。それで大ヒットになったんだ」と振り返っている。

 

Clarkeは次のように振り返っている。

 

「(リミックスバージョンは)全く気に入らなかったね。俺たちがレコーディングした作品からかけ離れているように感じたからさ。言ってしまえば、それがリミックスってことなんだが、当時は分かっていなかったのさ」

 

 

Kevorkianのリミックスは、ほとんどがストレートな白人で占められていた当時のUKシンセポップアーティストたちを、人種とセクシュアリティがミックスされていたUSアンダーグラウンドシーンに紹介する役目を果たしたが、それを可能にしたのが、Moyetのジャンルを超越するヴォーカルだった。

 

このコネクションにより、UKオリジナルのUSダンスバージョン12インチシングルが大量にリリースされることになり、同時にUKのアーティストたちが大西洋を越えて活動するようになった。YazooもParadise Garageに招聘された。

 

Clarkeは「この頃から、USではダンスミュージックをやるのが良いかもなと思い始めたんだ」と振り返っている。

 

Moyesの笑い声が急速にシンセポップサウンドの代名詞となり、USのソウルシーンにも受け容れられると、すぐにこの笑い声は盗用され、1982年にリリースされた大胆不敵なDJ用ブートレグ・カップアップミックス『Big Apple Productions』に収録された。このカットアップミックスを手掛けたSer & Duffはミステリアスな存在で、ニューヨークメガミックスのトップアーティスト、Latin Rascalsの変名とも言われている(これから2年後に「Situation」のKevorkianリミックス盤のBサイドに収録されていた「State Farm」が、Jack N. MadnessがZ 28 Recordsからリリースした『I Like Percussion』に収録された。世界初のハウスメガミックスと言われているこのヴァイナルは、のちにシカゴのTraxからもリリースされた)。

 

しかし、ヨーロッパサウンドはUSのダンスフロアにとって完全に新鮮な音楽ではなかった。特にデトロイトでは、イタロ、エレクトロ、Hi-NRG、ニューウェーブ、Princeに代表されるアーバンファンクなど、国内外の様々なポストディスコジャンルを組み合わせた “プログレッシブ” サウンドが、Greg CollierとKen Collier、ラジオDJのThe Electrifying Mojoなどによって押し出されており、このサウンドを中心にしたブラックサブカルチャーが台頭していた。The Electrifying MojoはYazooやYellow Magic Orchestra、New Orderなどを地元のニューウェーブ系ラジオ局WLBSの番組『Midnight Funk Association』でオンエアしていた。

 

 

 

"Moyetの笑い声は印象的で、耳にすればすぐに分かるかもしれませんが、同時に非常にシンプルで、楽曲を完全にハイジャックすることはありません"

Nate Patrin

 

 

 

The Electrifying MojoとCollier兄弟は、“プログレッシブ” をより宇宙的・コンピューター的方向に押し進めようとしていたデトロイトの若手アーティストたちのインスピレーションとなり、メンターとなった。

 

この若手アーティストたちが、のちのデトロイトテクノのオリジネイターであり、彼らは、MotownよりもMuteから大きな影響を受けながらホームスタジオで音楽制作を続けていた。

 

彼らの中に含まれていたのがDerrick Mayで、Rhythim is Rhythim名義で1987年にリリースした「Nude Photo」は、テクノという言葉が生まれる前に生み出されたテクノサウンドの金字塔として扱われている。Mayの運営するレーベルTransmatを起動に乗せることになったこのトラックは、Moyetの笑い声を大胆にサンプリングしているが、このトラックのコンテクストでは、彼女の笑い声は宇宙的・ポルノ的だ。また、ノスタルジックな愛情や、Mayのプライベートファイルに挟み込まれている馬鹿な昔のガールフレンドのようにも聴こえる。どのように聴こえるにせよ、「Nude Photo」はMoyetのサンプルをダンスミュージックのネクストフェーズへ押し出すことになった。こうして、無限に解釈できる彼女の笑い声は、商業的成功の可能性を大いに秘めたエレクトロニックでサンプルを重用したサウンド、新グローバルアンダーグラウンドミュージックの共通言語になった。

 

 

1987年から1994年にかけて、Moyetの笑い声は、ヒップハウス、ニュービート、ジャングル、ダウンテンポ、ユーロダンスなど、ありとあらゆる新興ダンスミュージックジャンルの提唱者たちによって使用され、Deee-Lite、S’Express、C+C Music Factoryなどによるポップダンスマスターピースや、Westbam「Disco Deutschland」やSimon Harris「Bass (How Low Can You Go)” のようなサンプルコラージュハウスに持ち込まれた。Ultramagnetic MCsも3種類のリミックス全てにこのサンプルを使用し、ポップシンガーのSamantha FoxのプロデューサーFull Forceも、1988年のFoxのUSヒット「I Wanna Have Some Fun」でこのサンプルをライセンスしてその人気に便乗した(1年後にSamantha Foxはそのお礼として、Full Forceのシングル「All I Wanna Do」に自分の笑い声を提供した)。

 

こうして、Moyetの笑い声は長期に渡り使用されることになった。このサンプルはコンテクストが欠如していたため、最終的には、Latin Party「Tequila」やInterstate 69「Tequila」などを含む、メキシコをテーマにした奇妙なオランダ産マイクロジャンルの代名詞にさえなった。

 

しかし、Moyetの笑い声が、最も大胆に、そして最もふざけた形で使用されたのは、マイアミ出身のコンビ、Bayside Boysが手掛けたスペイン人デュオLos Del Rio「Macarena」のリミックスがリリースされた1996年のことだった。オリジナルの英語バージョンにMoyetの笑い声とエレクトロニックな要素を加えたこのリミックスは、Billboardのポップチャートで16週連続で首位を獲得するグローバルメガヒットとなり、1990年代で2番目に売れたシングルとなった。

 

このトラックは、ある女性が、ボーイフレンドが軍に入隊した隙を狙って彼の友人2人と浮気をし、高級服を買う夢を見るという内容なのだが、Moyetの笑い声はどちらのシチュエーションにも合っており、このトラックの自由奔放な主人公、Magdalenaの気持ちを代弁しているが、その笑い声は、ライセンスによって大金が転がり込んだことから来るものだったのかも知れない。

 

当時、Moyetの笑い声はユビキタスになっていた。『Bring The Beat Back: How Sampling Built Hip-Hop』を近日出版する予定の音楽評論家Nate Patrinは、このサウンドを400本以上の映画に使われてきた男性の叫び声を収録しているサウンドエフェクト集『Wilhelm Scream』に例えている。このサウンドエフェクトのサンプルは、もはやほとんど気付かれないほど広く深く流布している。

 

 

Patrinはサンプルの長寿性は「万能でシンプルであることが助けになる」とし、次のように説明している。

 

「Moyetの笑い声は印象的で、耳にすればすぐに分かるかもしれませんが、同時に非常にシンプルで、楽曲を完全にハイジャックすることはありません。また、他のヴォーカルサンプルは、収録されている楽曲のリズムの一部というケースがしばしばあります。たとえば、James BrownのトラックのClyde Stubblefieldのドラムをサンプリングするなら、ついでにJames Brownのシャウトもサンプリングしようと思うわけです。彼女の笑い声はこれらとは異なります」

 

Patrinは他の有名なヴォーカルサンプルについてさらに詳細に説明する。

 

「個人的にはジョーク的な用法が好きですね。これはBuchanan & Goodmanの1956年のシングル “Flying Saucer” の頃から始まったもので、このシングルには、有名なロックソングや自分たちで用意したストーリーなどがサンプルとして盛り込まれています。この用法は、Beastie Boys『Paul’s Boutique』、De La Soul『3 Feet High and Rising』、KMD『Mr. Hood』などのアルバムや、Slum Village “I Don’t Know” などのトラックに大きな効果をもたらしました。ただシンプルに人間の声を加えるだけでも良い時があるのです。その声に何かしらの意味を持たせる必要はありません。たとえば、Art of Noise “Close (To The Edit)” の “Hey!” というシャウトもそうですね。これもまた様々なトラックで使われています」

 

「また、人間の声のサンプルにはインストゥルメンタルサンプルよりも分かりやすく、リファレンスとして機能しやすいという特徴もあります(インストゥルメンタルは伝統的に曖昧な形で使用されてきました)。リスナーが知らないトラックを初めて聴いた時に、音楽的には何の引っかかりも得られなかったとしても、そこに含まれている映画やテレビ番組のサンプルには気付ける可能性があります。また、人間の声のサンプルは奇妙な世界観を構築することも可能です。これは、MF DoomやMadlibが好んでいる用法です。Madlibは、Melvin van Peeblesのスポークンワードのサンプルを『Quasimoto』に用いることで、独自のやり方でオリジナルと同じバイブスを生み出しています」

 

Moyetの笑い声は、36年間、無数のダンスフロアで鳴り響いてきた。直近でも、2015年にBrAqueがリリースしたムーディーなテクノコラージュ「Dîners en Ville」で使用され、このトラックはBlack Madonna、Booka Shade、Honey DijonなどのDJセットの中でプレイされてきた。しかし、この笑い声は今もまだMoyetのものだ。

 

2008年に行われたYazooの再結成ツアーでの「Situation」で、彼女は思いきり笑っている。その笑い声は、「Thriller」のVincent Priceのそれに近かったが、有頂天なオーディエンスをパーティへ誘う “コズミックな肝っ玉母さん” 的ムードも備えていた。そして、その笑い声には次の意味が含まれている。

 

「どきなさいよ。わたしたちはここからどかないんだから」

 

 

 

 

Header Photo:© Chris Wood/Express Newspapers/Getty Images