五月 30

Algorave:ライブコーディング+ダンス?

目の前で書き込まれるコードによって生まれる音楽を楽しむシーン「Algorave(アルゴレイヴ)」を紹介する。

ロンドン・ハックニーを訪れていた私は、大通りから運河沿いの道へ曲がり、ある建物を探そうとしていたが、その目的地はどうやら壁と鉄条網のフェンスに囲まれた工場地の一角のようだった。最終的に電子ロック式の門の奥にその目的地があることを理解した私がぐるりと周囲を見回すと、「ALGORAVE−門が閉まっている場合は電話を」という文字と電話番号が書かれた紙切れが目に入った。私はその門が少しばかり空いているのを確認すると押し開けて中へ入り、倉庫と作業場が一緒になった建物の中へ入った。階段を降りてきていたパンクスのような出で立ちのカップルに、「ここが例の会場かな?」と訊ねると、2人は上を指差したので、9階まで上ってみると、数人が廊下をウロウロ歩いており、エレクトロニックサウンドも聴こえてきた。このレイヴはどうやら本当に行われているようだった。

作業場を利用したスペースにある程度の人が集まっていたが、その雰囲気は通常のパーティーとは異なっていた。この建物の事務所内に住んでいるRyan Jordanが隅でビールを手渡し、後方の壁にはプロジェクターによるアブストラクトな映像が映し出されていたが、ステージは所謂DJブースとは完全に異なっていた。そのスペースにはコンピューターやミキサーが置かれた数々のテーブルが置かれ、棚に沿って延々とケーブルや箱が綺麗にまとめられており、エレクトロニクスが丁寧に扱われていることが理解できた。

Slub / Credit: Kassen Oud

やがて音楽が始まった。ラップトップの前に座った2人組が登場すると、その2人のコンピューターのディスプレイがプロジェクターによって映しだされた。その画面は数字とブラケットで埋め尽くされたシンプルなコードが数行書かれており、そこに2人は次々とコードを書き加えていた。タイプ、デリート、コピー、ペーストなどを通じて新しい行が画面に作成されると、それに対応する音楽が鳴った。D0ct0r0と言う名前のこのユニットは、美しくしなやかにDrexciyaのようなエレクトロビートとたゆたうようなコードを生み出しては、それを変化させていた。優れたミニマル系ダンスミュージックのように、ゆっくりと時間をかけながら、微細な変化がドラマティックな効果を生むような瞬間までビルドアップさせていった。

タイプ、デリート、コピー、ペーストなどを通じて新しい行が画面に作成されると、それに対応する音楽が鳴った。

2人の演奏中、私はスクリーン上のコードに惹きこまれていた。ある行をデリートするとスネアが消え、別の行を足すとすべてにエコーが加わり、数字の4をデリートし16を書き足すとシンプルなシンセのフレーズがドラマティックなアルペジオに変化した。最初は非常に無機質な印象を持つのだが、実際は私たちが慣れ親しんでいる、アーティストと機材が実際に何をやっているのかが誰にも分からないような、一般的なエレクトロニックミュージックのライブよりも直接的に音楽と繋がれる。これが「ライブコーディング」の世界なのだ。



レイヴが進行するにつれ、出演者たちはテクノ、トランス、ダブ、そしてアブストラクトなエレクトロニックミュージックなど様々な音楽を奏で、深夜にはRyan Jordanが強烈なノイズを繰り出した。想像に難くないと思うが、ここに集まっていた観客は特別に着飾っているわけではなく、また門をくぐった時に感じた、古き時代のスクワットレイヴのような雰囲気とも違った。しかしながら、そこにダンスは存在しており、雰囲気も非常に解放的で勢いがあり、世界中の人々が集まっている包括的な環境の中で、面白い会話、音楽への情熱、音楽の共有、美学に対する議論などが活発に行われていた。この場所で新しい何かが生まれているという感覚が存在しており、パフォーマンスと会話を通じて本格的な何かが生まれていた。

ライブコーディング及びAlgoravingの魅力をより深く理解するために、今回私はAlgoraveのオーガーナイザーのひとりでもあるAlex McLeanと、この日の出演者のひとりで、Goldsmiths Collegeでコンピューターミュージックを教えているDr Matt Yee King、そしてMattの同僚Dr Mick Griersonにミュージシャンとしてライブコーディングをどの考えているのかについて話を聞いた。

Alex McLean:情熱的ですが、肉体性はないです。ライブコーディングは、環境が整っている状態である程度練習をこなしておけば、流れに乗れるようになります。コードの世界にのめり込む状態ですね。しかし、同時に外界との繋がりが遮断されてしまいます。Algoraveが私に向いているなと思うのは、この部分が解消されるからです。私がパフォーマンスをする間、私の目の前では観客が反応して踊り、エナジーを返してくれます。この時の私はコードの世界にのめり込んでいるのですが、体験は場全体から得ているのです。

「市販のソフトウェアによって音楽制作が退屈になっている今、自分でマシンをコントロールできるのは良いですね」 - Dr Mick Grierson

Dr Mick Grierson:私自身はライブコーディングを行いませんが、UKを拠点にしている多くのライブコーダーは私の友人ですし、私の活動と彼らの活動は、エレクトロニック・オーディオ・ビジュアルのインプロヴィゼーションという意味では、非常に近いものがあります。(ライブコーディングは)生楽器を使ったインプロよりもあらゆる意味で面白いですね。なぜなら自分でデザインし、自分で組み上げ、自分ですべてコントロールできる楽器を使用するからです。市販のソフトウェアによって音楽制作が退屈になっている今、自分でマシンをコントロールし、自分の狙い通りにオーディエンスが楽しむ姿が見られるのは良いですね。

Dr Matt Yee King:生ドラム、エレクトリックドラム、トリガーを装着したエレクトリックドラム、パッチ操作用MIDIコントローラー、シンセサイザーなど様々なパートを担当してきました。ライブエレクトロニクス系インプロにおける目的は、自由な表現・探求。反応だと思っていますが、ライブコーディングはパフォーマンスの途中で自分の機材の動作を変えたり、またはイチから機材を組み立てたり、時間経過と共に変化する何かを組み上げたり出来るという意味で、インプロの世界に新たな一面を加えていると思います。ただし、簡単ではありません。なぜなら、自分のアイディアをコードにするまでにはタイムラグが生まれるので、ある程度のサウンドを鳴らすまでは多少時間がかかるからです。しかし、プログラムを十分複雑に組めれば、面白いサウンドが鳴るようになりますし、少しコードを書き換えるだけで、音楽に大きな変化が生まれるようになります。

Shelly Knotts, Holger Ballweg, Alexandra Cardenas / Credit: Dave Griffiths

しかし、これは一般の人たちにとってはどうでも良いのではないだろうか? Algoraveはただの「IDM」のギークな一派ということではないのだろうか?

Alex McLean: 今やコードは社会の仕組みとも言える存在になっています。私たちはコードが誰によって書かれているのか、誰がコントロールしているのかを把握しなければいけません。ライブコーディングは、コードが私たちとってどういう存在なのか、そしていかに私たちを制限しているのかという部分の認識の向上に多少貢献していると、私は思っています。音楽についても同様のことが言えます。ありとあらゆる音楽的なインターフェイスにはそれぞれ独自の言葉があると私は考えているのですが、どの言語を選択するかという判断は、どのテクノロジーを購入するかという消費者的な判断以上の価値があるべきです。私は自分が使う言語には独自の発展を遂げてもらいたいので、そこら辺に転がっているような市販のプラグインによって制限されるものではないと思っています。

「ライブコーディングは、アカデミックなコンピューターミュージックの世界におけるパンクのような位置づけだと思います」 - Dr Matt Yee King

Dr Matt Yee King:ライブコーディングは、音楽の非常にアカデミックな部分と、歴史、つまり私たちの世代がレイヴカルチャーから得てきた音楽の即時性を結びつける存在です。私はレイヴやテクノを通じてエレクトロニックミュージックに出会いました。そしてのちにアカデミックなコンピューターミュージックのカンファレンスに出席するようになり、複雑なシンセシスやエレクトロアコースティック、20世紀のアヴァンギャルドなど、エレクトロニックミュージックには全く違う側面があるのだということに気が付きました。ライブコーディングはこのふたつを非常に効果的に結びつける存在であり、アカデミックなコンピューターミュージックの世界におけるパンクのような位置づけだと思います。

Dr Mick Grierson:実はこのシーンにいる人たちが作ったソフトは、数多くのミュージシャン、音楽業界、またアプリ開発者たちによって使用されています。最近では、Björkのプロデューサーのひとりが私のオープンソースDSPライブラリを使用して作ったソフトを使っているということが分かりました。つまり、私たちの活動は、より大きなカルチャーに対して直接的な影響を与えていると言えます。ソフト開発者たちの活動は偏狭的で視野が狭いものだという考えは、「コンピューターからソフトウェアが生まれる」という幻想の一部です。実際はそうではありません。ソフトウェアは人間が生み出した「カルチャー」から生まれるものであり、その人間とは、音楽家でありパフォーマーなのです。私は簡単な作品を手掛けることに興味はありません。なぜなら、私の作品は他の人たちの役に立つものであり、パフォーマンスを通じてテストを重ねながら改良を重ねることを目的としているからです。音楽ソフトはギターを弾けない青年によって作られているという考えは、コンピュータープログラミングができないギタリストたちが生み出した噂なのです。私も元々ジャズギターを弾いていましたが、ギターの音に飽きてしまいました。しかし、ライブコーディングでは、観客をハイにさせながらも、アルゴリズムがどのようにナイトクラブに影響を与えるのかなどについてのアイディアを提示できるのです。素晴らしいと思いますね」

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