七月 28

Akiko Kiyama:呼吸するミニマル

ベルリンから東京に活動拠点を移したミニマルテクノの奇才Akiko Kiyamaに制作の背景を聞いた

By 仲田舞衣

 

6月4日、長野県・こだまの森で開催されたTAICOCLUB ’16。3年目となるRBMAとのコラボでは、「Red Bull Music Academy Presents Deep Ambient Forest」と題したアンビエント中心のステージに、Akiko Kiyama(RBMA2007/トロント卒業生)が登場。雨の森と調和するパフォーマンスを披露した。Kiyama は、2004年Portableとの共演をきっかけに、ロンドンのSüd Electronicからデビュー。Ricardo Villalobos、Richie Hawtin、JohnTejadaらシーンを代表するDJから高い評価を受けるアーティストだ。現在は、活動の拠点を日本に移し、自身のレーベルKebko Musicもスタートさせている。

 

 

ライブ前、Kiyamaにセットのテーマを聞いた。「呪文系… ですかね」雨でけぶるブースに向かう黒いレインコートの後ろ姿が、一瞬ホグワーツのローブに見えてしまった。二拍、三拍と不規則に混じる独特なドラムに、民族音楽的な女性の声が加わり、それがある時はメロディーのように、ある時はベースラインのように、不気味で魅力的な浮遊感を形成していった。近年、特に最新作『Ophelia』以降のKiyamaのライブセットは、Elektron Octatrackやエレクトリックピアノを使うことでミニマルの領域を超え、より即興的なものになっている。

 

 

「Octatrackは、昨年の秋から使っています。結構難しいマシンですが、自分のスタイルには合っていておもしろいです。オクタトラックに上乗せする楽器としてギターかエレピかで迷って、エレピにしました。ディレイを極端に変化させてノイズのように使ったり、高音を数音弾いてループさせたり、コード感のある和音やフレーズを弾いたり…。今回は、エレピが合っていたかな。エクスペリメンタルというか、森に囲まれたステージだし、スプーキーに仕上げたいと思っていたので。自分は、喜怒哀楽でいえばどちらかというと “怒” や “哀” が強い人間だと思うんです。ただ日常生活を送る上で、そうは言っていられないので、音楽の中くらいは感情に素直に自由でいたいということもあって、おそらく音もそういう方向に落ち着きがちというか。そもそもアクセント的に使う以外の電子音があまり好きではなく、生っぽく聴こえる音の方が好きなんです。そういう意味でも晴れより、湿度のある雨の方が合っているのかもしれませんね。カビやアメーバが増殖するイメージというか、呼吸のような有機的なグルーヴが、自分の目指すところだと思っています」

 

音と雨に森がざわめく。周囲に煌めくテント群の明かりと調和し、魔術的な空間になっていたことを伝えると、雨女であることを自嘲気味に笑いながらステージをそう振り返った。ポツポツとレインコートを打つ雨音も、サウンドシステムにかけられた雨除けのカバーをバタつかせる太い低音の響きも、遠い雷鳴のようにかすかに聴こえるメインステージの音も、彼女のステージが内包する有機的組織の一部として機能しているように感じた。

 

 

「声の主は、Varya Pavlovaという友人で、ロシア人のボイスパフォーマンス・アーティストです。彼女の透明感のある声、綺麗だけれどちょっと恐ろしく感じるところが好きで、なにより強度があるんですよね。キッチンで何気なく会話しながら録ったものや、キツネが主人公の旧ソ連の寓話、子守唄などいろんな声を、多少エフェクトをかけたり、ハーモニー化させたり、ピッチを変えながら使っています。楽曲は基本ミニマルで、ループの長さやテンポを微妙にずらし徐々に変化させつつ、また一定の周期で最初の形に収束していくような、錯覚させるのが好きですね。あと、ベースが明確でないのも、自分の特徴だと思います。べースサウンドに声を使ったりしますが、息の上がりのところでピッチを下げると、独特のふにゃっとしたウォーターベッドのような低音になります。そういった音で、ちょっと引っ張られるようなグルーヴを生み出していくというか…。決まったBPMではなく、ある種、違う時間軸で生きているものを、セットや楽曲の中で混在させるようなことを目指しています。と言っても、サンプルを重ねるとスタートのポイントが少しずれることがあるので、うまく狙って収束させるのはなかなか難しいのですが…」

 

Kiyamaは、テクノの楽曲制作においても、ドラムマシンをあまり使わないという。今回のセットでも、鍵盤で弾いた和音をリズム的に使用していた。鳴りの良いベースサウンドを目指すのではなく、プロセスを経て、ベースかそれ以上に低くなったサウンドの空気感や独特の音の立ち上がり方を重視しているため、時にシーケンサーからの決まったテンポのドラムには収まらないこともある。「ピッチを下げて微調整して、聴いて良ければそれで良し。結構、単純です」と説明してくれたが、一般的な打ち込みのパターンとは違う作り方をしていることは確かだ。本人が自身の特殊性に気がついたのは、奇しくも2010年に参加したメタモルフォーゼのRBMAステージ。初めて他のアーティストと共同でセットを構築する過程で、みんなに驚かれたのだと言う。ただ、Kiyamaは決して奇を衒っているわけではない。本人は「あまり意識したことがない」と言うが、幼稚園のときに日本でもっとも権威ある音楽教室に入門し、大学在学中までピアノを続けていた音楽環境が影響しているように思う。所謂、名門クラシック畑の出身なのだ。

 

「本当に厳しい… 実技も理論もスパルタな環境だったので、かなり真面目に練習していました。教室の方針で、最初の一年間はソルフェージュのみで楽器に触らせてもらえなかったので、その反動というか楽器に触れるようになってからは、バカみたいに弾きまくりましたね。しばらくは順調だったんですが、6歳のとき初めてバッハの『インヴェンション』でつまづきまして。いわゆるドソミソじゃないし、うまく弾けない。なんだこれは? と。でも、親がGlenn Gouldなど、いくつかバッハのCDを買ってくれて、それを聴いたらすごくおもしろいと感じました。モーツァルトやショパンといったロマンチックな楽曲は、子供ながらに弾くのが恥ずかしくて苦手だったんですよね。弾きながら思わず笑っちゃうくらいに(笑)。対して、バッハは無骨でかっこいいな、と。それからバッハばかり弾いていました」

 

『インヴェンション』とは、バッハが10歳の息子に作曲を学ばせようと書いた練習曲集だ。6歳でバッハの特徴的な半音階進行、幾何学的な反復、主題と副題の掛け合いで展開していく音楽に魅せられたというエピソードは、その後、簡潔な反復を極めるミニマルテクノの道へ進むことを暗示する原体験に思えてならない。18世紀、無骨な反復で荘厳なカタルシスへと導くバッハの音楽は、宮廷や教会を舞台にしていた。時代を超え、今そのカタルシスは世界中のフェスやクラブで求められている。

 

「クラシック至上主義の中にいると、やっぱり反逆心が出てくるんですよね。ヒットチャートやラジオを聴き始め、ドラムンベース、ブレイクビーツにハマりました。あと、ロックのギター音にも惹かれましたね。すごい楽器だな、と。それまでずっと綺麗に鳴る音だけを目指していたから、ディストーションとか歪みのある音が新鮮でした。空間系のフランジャーなども入れて、ギュルギュル鳴るのも好きだなぁとか。当然、ギターを弾きたくなるし、バンドやりたい! とも思いました。大人しい女子校だったのですぐ諦めましたが、当時はバンド編成が最強だと思っていましたね。でも、同じ頃、Björkの『Post』を聴いて、3曲目の "The Modern Things" のサビに一瞬出て来るドラムのループがすごくかっこいいなと。でも、本当に少しだけで、あとずっと休んでるんですよね。これ、バンドだとドラムの人ちょっと辛いなと。やっぱり時代はパソコンだ、打ち込みなら自分ひとりだけでもできるって思いました。Mark of Unicornの簡単なリアルタイムレコーディングができるソフトとシンセを1台買って、ひたすらドラムンベースを打ち込むようになったんです」

 

ColdcutやNinja Tuneとの出会いは、思春期の彼女の世界観を大きく変えた。しかし、その後のキャリアも、彼女の音楽の幅を捉える上で欠かせないものになる。習い事の範疇を超えたピアノの訓練を続けていながら、音大ではなく生物学を学ぶため理学部に進学したのだ。大学院こそ芸術系だったが、音楽活動と平行してこれまでもいくつかの研究室に在籍し、現在に至るまでKiyamaと生物学との関係は続いている。

 

「学部では細胞生物学を専攻して、がん細胞の浸潤のメカニズムの一端を研究していました。深い興味という意味で、私の中で音楽と生物は通じるものがあります。むしろ、それ以外のことにはまったく興味がないんですよね…。この3年は、ドイツにいた頃務めていた製薬関連のコンサルティングファームでのお仕事を日本に引き継いで、主に日本からコンサルやリサーチを担当させてもらっています。本音を言うとコンサルがどういうものかも分かっていなかったし、本当にたまたまのきっかけだったんですが、免疫治療や遺伝子、細胞ベースの治療など最新の技術や関連する分野のことを知ることができるのは面白そう、と突然アプライしてしまったんです。大仰な肩書きと想像以上にハードな仕事内容に、ちょっと心が折れかけてますが(笑)。今思うと、重大な決断こそ刹那的に決めてしまう傾向にあって、ベルリンに行った時も深く考えずに行ってしまってたので、いざ着いてから、『しまった! 音の影響からすると自分はロンドンに行くべきだったんじゃないか…』とか。自分の人生が一番行き当たりばったりでお恥ずかしい限りです、ほんとに」

 

 

大学在学中に海外のレーベルからリリース、大学院を休学してベルリンに移住し、世界中でライブを行い高い評価を受けるなど、アーティストとしての活動は順調そのものに見える。音楽だけの生活を望まないのだろうか?

 

「帰国したひとつの理由でもあるのですが、どうも私は100%音楽に向き合う時間があると、やらなくなっちゃうんですよね。学生の頃から、学校やピアノのレッスン以外の限られた時間の中で制作する方が集中力が高まって、エネルギーが沸いてくる。音以外の別のアクティビティがあることは、私にとっては決してマイナスではなく、むしろプラスに働いています。他の何かでリミットが設けられると、音への渇望も高まる。その渇望状態を捕まえて音にするのが、好きなんです」

 

音楽と生物の心地よい融合。こだまの森でかけられた呪文、未だ覚めやらず。

 

Special Thanks:Tuttle(Marginal Records)