八月 08

アフロフューチャリズム:オルタナティブクラシック Part 1

アフロフューチャリズムとは何なのか? アーティスト・作家・学者たちにこの革新的な哲学を最も的確に表現していると思うトラックをリストアップしてもらった。前後半に分けて紹介する。

By Red Bull Music Academy

 

アフロフューチャリストの殿堂には様々なフィールドと時代で活躍した様々なアーティストが身を置いており、彼らは近い・遠い未来のヴィジョンの中心にブラックを置くことで見えてくる自由の可能性への永続的信仰によってひとつにまとまっている。

 

「アフロフューチャリズム」というタームを初めて使ったのは作家・ジャーナリストのMark Deryで、1993年にOctavia Estelle Butler(オクティヴィア・E・バトラー)のようなSF作家やJimi HendrixやRammellzeeのようなミュージシャンの作品の中に確認できるある種の「推論的フィクション」を説明するために用いられたのだが、以来、このタームは多種多様なアーティストとありとあらゆる音楽的・視覚的・政治的・理論的表現のラベルとして使用されるようになっている。

 

乱用されているトロープ(転義)がいくつか存在し、2019年現在、ほとんどの人がアフロフューチャリズムを外宇宙だけではなく内面世界の探索にも当てはめられるタームとして理解している。しかし、SFの枠組みとSun Raの影の外側では、アフロフューチャリズムは今も魅力的な世界観であり続けている。
 

今回紹介するリストは「アフロフューチャリズムを最も的確に表現しているトラックは何か?」というシンプルな疑問から生まれたものだ。この疑問への回答として、多くのアーティストや学者、作家、キュレーター、クリエイティブマインドがクラシックトラックとオルタナティブトラックを選出してくれたが、今回のリストはやむを得ず限定的であることをここに記しておく。アフロフューチャリストたちの思想の適用範囲は広大であり、決定的な結論を導き出すことは不可能だからだ。しかし、アフロフューチャリズムがどこへどのように広がろうとも、これから究極の創作的自由と表現の可能性が失われることはない。
 

 

 

Scientist「Dematerialize」

 

セレクター:Louis Chude-Sokei

 

 

このトラックはエコーから始まり、次にベースがリスナーを空間へ放り出し、リズムがリスナーに時間感覚を与えていく。このトラックが実はひとつのグルーヴなのだということにリスナーが気づくまでは1分ほどかかり、そのあとまた1分ほどかけて、そのグルーヴは広く知られているジャンル ― レゲエ、厳密に言えばダブ ― と融合していく。ダブは自分たちの起源をイメージさせる類像的サウンドでレゲエのアフロカリビアン・カルチャーと人種的歴史への執着を辿り、エコーと同じように予測不可能な未来を予測していく。

 

「Cloning Process」、「Beam Down」、「Laser Attack」などを含む、アルバム『Scientist Meets the Space Invaders』に収録されている他のトラック群と同じく、このトラックで最も明確に “アフロフューチャリスト” な部分はタイトルだ。これらで使用されているSFやレトロビデオゲームなどのすべてのレファレンスや8ビット的な響きを持つサウンドエフェクトはこのレコードがリリースされた1981年当時は非常にポピュラーだった。しかし、Scientistはタイトルどころか、プロダクションにも関わっていない。

 

実はこのアルバムを作り上げたのはLinval Thompsonで、演奏はジャマイカの偉大なバンドThe Roots Radicsのものだ。Scientistはこのアルバムのミキシングエンジニアだった。また、アフロフューチャリズムも上記のレファレンスやベタなSFアニメのようなカバーアートとはほとんど繋がりがない。このトラックのアフロフューチャリズムは音楽そのものに含まれている。空間と記憶(サウンドが遠くへ消えていく中、エコーが延々と続く…)。そしてリズムが断続的に鳴り、歪み、消えていく(サウンドが戻り、残り、予言する…)。

 

ダブとは、アーティストたちが使うために生まれたテクノロジーではなく、アーティストたちが手に入れた政治的独立と彼らが望んでいた未来を示すためのテクノロジーだ。つまり、奴隷制、植民地時代、人種的抵抗のテーマの上にSF要素を載せる必要があり、このようなトラックタイトルは内容に相応しいものであると同時に不可避だったのだ。

 

Louis Chude-Sokei:作家 / 学者 / 教授 / ボストン大学アフリカン・アメリカン学部長

 

 

 

Herbie Hancock「Rain Dance」

 

セレクター:King Britt 

 

 

Herbie Hancock「Rain Dance」を初めて聴いたのは1980年代初頭で、当時の俺はシンセサイザーが入っている音楽なら何でも買っていた。フィラデルフィアのレコードショップ、Plastic Fantasticでこのトラックを聴いた。アフリカ人が惑星でダンスをしている姿をRobert Springettが描いた『Sextant』のアートワークを見て、なけなしの金をすべて使ってこのマスターピースを手に入れたんだ。

 

今も続くアフロフューチャリズムの音楽的影響をテーマにした議論の中で見過ごされがちなアルバム『Sextant』は、その後の音楽のブループリントとなっただけでなく、ブラックアイデンティティ(スワヒリ語を使った名前)の社会政治的アウェアネス、アヴァンギャルドシーンにおけるブラックネスの継続(AACMとJohn Coltraneからの継続)、そしてブラックのコスミックな連帯感の精神的支柱でもあった。そしてこのアルバムに収録されている「Rain Dance」は、ジャズフュージョンバンドのど真ん中でARP 2600がどれだけファンキーに鳴れるのかを世界に示したトラックだった。

 

アイリッシュ系エレクトロニック・ミュージックの天才、Patrick Gleesonの参加は、ひとつの仕事を終えるためにありとあらゆる同志を精神的に受け容れていたことの証拠だ。このアルバムの宇宙的・音楽的探求とアートワークはあらゆるリスナーを一瞬で別世界へ連れ出し、ミュージシャンたちの結束が神懸かった状況でのみ生まれるルーズだがタイトなリズムテクスチャの中に見出せる。この作品を聴ける俺たちは神に祝福されていると思うし、俺はこの作品をアフロフューチャリズムの決定的瞬間として捉えている。

 

King Britt:DJ / プロデューサー / コンポーザー / キュレーター。フィラデルフィア出身。

 

 

 

Sons of Kemet「My Queen Is Harriet Tubman」

 

セレクター:Niama Safia Sandy

 

 

Shabaka Hutchingsが率いるこのカルテットはこのトラックで伝説の女性解放運動家Harriet Tubman(ハリエット・タブマン)の強烈な個性をレコードで表現している。

 

アフロフューチャリズムは狭義的な美学や遠い未来を示すためだけのものではない。アフロフューチャリズムとは歴史をひとつの視点から眺めたものでもない。これは世界中のブラックを再びひとつにまとめるためのテクノロジーだ。歴史や未来のヴィジョンを確認するためのテクノロジーとも言えるし、わたしたちよりも前に生きていた人たちを呼び出すための装置とも言える。その人たちは生物学上の先祖である必要はなく、精神的・霊魂的な繋がりを持つ先人たちのことを指している。アフロフューチャリズムとは、時空をまたいで蓄積されてきた情報に触れることなのだ。

 

このトラックのSons of Kametは恍惚的なパーカッシブサウンドを通じて何世紀に渡って存在してきた “黒いモーゼ” たちとチャネリングしている。

 

HutchingsのテナーサックスはまるでTubman本人のようだ。怒りに満ちていて、はかなく、興奮していて、強固な意志が感じられるサウンドに意図的に仕上げられている。Eddie HickとTom Skinnerの攻撃的なドラムは逃げる人たちの足音のように響く。Tabmanの足音、そして彼女が危険に晒されながら自由を求める活動を通じて彼女が救った数多の人たちの足音だ。そしてTheon Crossのチューバは深い森、低地、沼地などを含む自由を求めて彼女たちが歩いた様々な地形と、わたしたちの想像を絶する、逃げることを選んだ人たちの希望と恐怖が入り混じった感情を示している。このトラックを注意深く聴くと囁く声が聴こえてくる。わたしにはその声が「逃げろ!」と言っているように聴こえるのだ。

 

Niama Safia Sandy:文化人類学者 / キュレーター / 作家。ブルックリン出身。

 

 

 

Sun Ra「Space Is The Place」

 

セレクター:Reynaldo Anderson 

 

 

Sun Raのアヴァンギャルドジャズアルバム(1973年)と映画作品(1974年)である『Space Is The Place』の音楽的方向性とアイコニックなカバーアートはアフロフューチャリスト・ムーブメントを代表する音楽的瞬間のひとつとなった。

 

Sun Raと彼のArkestraはこの作品をリリースする数年前からこの方向へ舵を切っており、『The Heliocentric World of Sun Ra』(1965年)など複数のアルバムをすでにリリースしていた。宇宙哲学と言語学に傾倒していたSun Raと彼の仲間Alton Abraham、Thmei Research Group、そしてArkestraはエジプト学、神秘主義、黒人民族主義、科学、テクノロジーを組み合わせて、形而上学的ブラックネスのユートピア的表現を作品の中に盛り込もうとした。『Space Is The Place』は、米国の公民権運動を経たポストモダンなブラックの感覚と感性を表現している。

 

21分以上続くタイトルトラックのサウンドの衝突と不協和音的方向性、そしてこれらを支える力強いヴォーカルは、バップとスウィングを含むジャズの歴史をスピリチュアルで情熱的な響きを持つ独自のフューチャーリスティックサウンドへとぼやかしていく。このトラックにおけるSun Raの優れたミュージシャンシップは、世俗的な思考を一切拒否しながら、本人が言うところの「人間を変えることができる音楽科学力」に何よりもフォーカスしていることを示している。

 

今日に至るまで『Space Is The Place』は、Solange Knowles、Bilal、Moor Mother、Black Speculative Arts Movementなどをはじめとするモダンなアフロフューチャリスティック・パフォーマンスアーティストや団体に影響を与え続けている。

 

Reynaldo Anderson:アフロフューチャリズム学者 / ハリス=ストー州立大学人文学部コミュニケーション学科准教授。

 

 

 

Tribe Called Quest「The Space Program」

 

セレクター:Nettrice Gaskins

 

 

映画『Space Is The Place』はアフロフューチャリズムのグラウンドゼロだった。この映画では、ミュージシャンSun Raが謎の敵と宇宙で肉体と魂を賭けてゲーム勝負をする姿が描かれている。

 

A Tribe Called Questのキャリア最後のミュージックビデオとなった「The Space Program」はアフロフューチャリズムの美学とSun Raの映画の設定を用いている。「The Space Program」のリリックに込められているメッセージは、この世に “異なる現実” が存在する可能性を否定している。またこのミュージックビデオはクリス・マルケル監督の映画『ラ・ジュテ』(1962年)と、この作品にインスパイアされたテリー・ギリアム監督の映画『12モンキーズ』にも言及している。

 

ラッパーたちが閉じ込められた状態、または縛り付けられた状態で様々な記録映像を強制的に見させられる姿も描かれているこのミュージックビデオには市民監視やタイムトラベルのようなディストピアン的テーマが散りばめられている。Q-Tipは「Used to see the TV screen as the place I’d land my dream in. / 昔はよくテレビ画面に俺の夢を投影していた」とラップしているが、このミュージックビデオは、夢が潰えたラッパーたちが逃げ道を探し回る姿を描く。

 

「The Space Program」は、世界共通の大きな不安に駆られながら自然や過去、伝統の中にユートピアを見つけ出そうとしている我々全員のメタファーだ。「The Space Program」はモダンなレンズを通して、過去と現世に疑問を投げかける。このトラックとミュージックビデオは、アフロフューチャリズムの時間と空間の複雑な関係を見事に描写している作品と言えるだろう。

 

Nettrice Gaskins:デジタルアーティスト / 批評家 / 学者。ボストン出身。

 

 

 

Parliament「Aqua Boogie」

 

セレクター:Overton Loyd

 

 

Funkentelechy:最もアフロフューチャリスティックな単語ではないだろうか?

 

まだガキだった頃の私は、P-Funkがデトロイトを訪れるたびにGeorge Clintonを追いかけ回していた。そして1977年、アルバム『Funkentelechy vs. The Placebo Syndrome』に同梱するコミックブックを描くように頼まれたのだ。

 

Entalechy:エンテレヒー。成長と生命を司る力のこと。

 

当時の私たちには、自分たちがアフロフューチャリズムの未来を作り出しているという自覚がまったくなかった。私たちは “自分らしく振る舞う” というそれまでなかった新しい自由をとことん楽しもうとしていただけだった。

 

1978年、P-FunkのスタッフだったArchie Ivyが私のオフィスに押しかけてくると、私にヘッドフォンを投げつけて「とにかく聴いてみろ!」と言ってきた。Bernie Worrellの “ジャザデリック(jazzadelic)” なそのスタジオトラックはヴォーカルが入っていなかったため、私には何がテーマなのかさっぱり分からなかったが、耳の中を旋回するような鳥の鳴き声やその中毒的なグルーヴの虜になった。Sir Nose D’Voidoffunkが「シャダーップ(Shaddup)」と叫び、私はその姿を「Motor Booty Affair」のアートワークに落とし込んだ。

 

SFをテーマにしたP-Funkのトラックは数多く存在するが、「Aqua Boogie」のエクステンデッドバージョンが今もフェイバリットトラックだ。このトラックは、私をヴァーチャルリアリティの世界へ完全に引き込み、汗の分子の間で激しく踊れと訴えてくる。

 

私は有色人種たちが希望をほとんど持てない世の中で生まれ育った。私たちの存在を拒否する世の中の動きがあまりにもあからさまだったため、当時の私は「ファンク」という言葉や、ありのままのアフリカン・アメリカンカルチャーが “ポップ” になる日が来ることを信じることができなかった。しかし、George Clintonはその日が来ることを予想していた。

 

そして今、私たちはこうしてここにいる。アフロフューチャリズムは遍在し、私たちは真のウォークネスの時代を生きている。

 

Overton Loyd:ヴィジュアルアーティスト。George Clinton / Parliament / Funkadelicのアートワークで知られる。デトロイト出身。

 

※:Funkentelechy = Funk + Entelechy。P-Funk的Entelechyを意味している。

 

 

 

Sudan Archives「Beautiful Mistake」

 

セレクター:Tirhakah Love

 

 

Sudan Archivesとして知られるアーティストは自分のミニマリストなアフロ・エクスペリメンタルトラック「Beautiful Mistake」の逼迫感を、10歳年上の恋人、そして何よりも彼女を嫌っていた彼の友人たちを前にした時に自分が覚えた鋭い感覚と表現している。「あの人たちはわたしのキャリアのポテンシャルを一切理解しなかった」とロサンゼルスに拠点を置くヴァイオリニストは昨年OkayAfricaのインタビューで語り、軽蔑的な歌詞を書いた理由について「あの人たちはわたしをただのヒッピーガールだと思っていたからよ。年上だからわたしの考えが分からないだけなの」と言及した。

 

セルフプロデュースしたこのトラックは2018年にリリースされた「Sink」EPの中で静かな存在感を放っている。心拍のような低音とひっかくようなヴァイオリンがスピーディにループされ、美しいストリングとヴォーカルと絡み合っていくと、「話があるの」と訴えるこのトラックが本格的にスタートする。

 

Sudan Archivesのこのトラックのテーマ解説は、実はより大きな解釈をするスペースを作り出している。このトラックは彼氏の耳元でうるさく鳴く小鳥の群れへの警告として始まるが、年齢と時間が愛の感覚から自分たちを遠ざけてしまうことについてリスナー全員に疑問を投げかけていく。

 

「Beatiful Mistake」は、世間体と引き換えに恋人たちの喜びを奪う時間秩序に対するSudan Archivesの個人的敵意( “I don’t think I can spare another day / もう1日だって我慢できそうにない”)と、将来への自信を同一線上に並べている。黒人女性アーティストとしての自分のポテンシャルと年齢は切り離して考えるべきだという彼女の訴えは、彼女が何の保障もない未来へ進み、現実と意志を自由にアレンジしながら自分の人生をデザインし、現実を自分にアジャストさせる能力を備えているという前提の上に成り立っている。

 

この前提は本質的にはアフロフューチャリストの信念であり、アフロフューチャリズムのより一般的な用法に紐付けられるスペースエイジな要素が含まれていないだけだ。そうではなく、「Beatiful Mistake」は簡単にドラマ化されない、プライベートで大胆なフューチャリズムなのだ。

 

Tirhakah Love:作家 / 評論家。フィラデルフィア出身。

 

 

 

Jimi Hendrix「1983... (A Merman I Should Turn to Be)」

 

セレクター:Bobby Blackbird

 

 

Jimi Hendrixが1983年を実際に体験することはなかったが、この年がタイトルに据えられているこのトラックの未来への終末論的言及の中で、彼は過ちを犯した世界について触れている。SFに傾倒していたHendrixは、スペースとステレオ効果を巧みに使って戦争によって荒廃した世界を音楽的・詩的に表現しながら、人魚となって地球のシステムから抜け出したいという希望を述べていく。

 

このトラックは戦争によって大破壊が起きるオルタナティブな未来を詳細に描いているだけではなく、1968年の時点で非常に革新的で実験的なサウンドを実現している。「Giant pencil and lipstick-tube shaped things continue to rain and cause bloody pain / 巨大な鉛筆やリップスティックのような形をしたものが空から降り、大きな痛みを与え続ける」中、Hendrixと恋人のCatherinaは自分たちを水中でも呼吸できる生物へ変えるテクノロジーを開発する。そして、HendrixとCatherinaが陸生生物から水生生物へ変化する中、サウンドもヘヴィでアーシーなディストーションサウンドから、空間を活かしたワイドで不思議なアトモスフェリックノイズへと変化していき、リスナーの耳の中では宇宙船や爆発音がパンニングしながら連続で鳴り響く。

 

僕にとって、これはロックンロール、ブルーズ、サイケデリックSF、そして非常に視覚的・直感的な未来へのイメージが組み合わさっている作品だ。Hendrixは今回紹介されている他のアーティストたちほどアフロフューチャリズムと紐付けられていないアーティストかもしれないが、史上最高のギタリストである彼が予言者的な視点から世界を見ていたことは否定できない。Hendrixはかつてコンサートで自分を宇宙人と呼び、次のように続けている。「地球が宇宙とヤった結果さ」 ― 彼は本当にその時代の人間ではなかったのかもしれない。

 

Nick “Bobby Blackbird” Deane:ジャマイカのミュージックコレクティブEquiknoxxのプロデューサー。

 

 

 

Part 2へ続く。

 

 

 

Header Image:© Sonwabo Valashiya

 

9. Aug. 2019